一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

老いては

『対抗言論 3』(法政大学出版局、2023) 「反ヘイトのための交差路」と副題された意欲的な論集を送っていただいた。446ページの大冊だ。 四本の特集に分類され、論説や研究報告や対談企画が並ぶ。「1、文学/批評に何ができるか」「2、暴力・宗教・革命を…

原点

五年ぶりに、あのバブリーダンスの動画が、ユーチューブで飛び交っている。あのダンス、といってお解りでない、もしくは思い出せない向きには、蛇足紹介も必要か。 京都に橘高校吹奏楽部があれば、大阪には登美丘高校ダンス部がある。 2017年の全国高校ダン…

安心【揚】

さて歳末だ。 二十七日だったかな、坊やのお守りかたがた、早起きして飯を炊いてた朝のことさ。東隣の園右衛門の家が、今日は餅搗きだとみえて、えらく準備にあわただしい。 搗きあがったら、隣近所へ配って歩くのが、古くから村の慣わしだ。冷えちまっては…

四五輪草

亭主にうとまれて親元へ返された女がね、置いてきた子の初節句をひと眼観たくても、昼日なかは人の眼があらァね。 去られたる門を夜見る幟かな よみ女しらず 子を想う心情ありありじゃねえか。冷血な悪漢の心をも溶かすってやつさ。どんな鬼亭主だって、その…

稗史の力

佐藤洋二郎『偽りだらけの歴史の闇』(ワック、2023) 五百年後にも、もし日本という国家が存続していて、日本人という国民が住んでいたとして、開闢以来もっとも長かった元号である昭和時代の事績として書き残されているのは、いかなる事項だろうか。 第二…

露の世

愉しみの頂上には、まさかのどん底が口を開けてるって、とかく世間で云われちゃいるがね。 あたしの場合は、愉しみの半分も過ぎちゃいなかった。常盤木の苗がほんの双葉ほどほころんだかという、笑い盛りのみどり児が、寝耳に水が押寄せたかのような荒あらし…

正統か因習か

編集部への〆切原稿手渡しが済んで、さて遅い朝食。珈琲館で本日一杯目の珈琲とシナモントースト。気分としては、ささやかな贅沢だ。運ばれたカップを自分流に置きなおす。 スプーンを手前にしてカップの耳(つまみ)を左へ。と習った。粗相のないように、左…

人の親

去年の夏、竹を植えるころだ。うっとうしい節ぶしばかりのこの世に、娘が生れてくれた。俳諧師として少しは知られるようになって、郷里へ戻って妻を持ったのが五十二歳。初めての子さ。理不尽なことばかりの世に、せめて聡くあってほしいとの思いから、「さ…

貸し借り

横浜元町、霧笛楼。 仏蘭西料理のレストランらしい。オリジナル洋菓子店でもあるらしい。むろん知らない店だ。豪華な菓子詰合せをいただいた。 チョコレートが強調されている。濃厚なチョコクリームをたっぷり仕込んだ煉瓦型ケーキの外側を、さらにチョコで…

まま子

むかし大和の国は立田村ってとこにね、おっかねえ女もあったもんで、まま子に十日も飯を食わせなかったってさ。しかも椀に山盛りの飯を見せびらかして、 「あの石地蔵さんがこれを食べたら、おまえにもやるよ」だってさ。 子はひもじくてひもじくてならねえ…

冬枯れ明け

冬枯れの向うに入試、新学年。 学年末の試験前か。学生はまばらだ。大学はまだ、冬枯れの向うだ。 原稿の〆切日だ。編集部は文芸学科内にある。持参する。メールに添付するかたちで送稿済みだが、プリントアウトした紙原稿も渡す。無駄のようだが、私のやり…

生涯一尺

高井郡六川って里にある山の神の森で、栗を三粒拾ったもんで、庭の隅に埋めておいた。芽を出して、艶つやしい若葉も嬉しそうだったんだがね。 東隣が境界一杯まで、次つぎ建て増しするお宅でね、栗の幼木には陽も射さなけりゃ雨露の恩恵すらろくに届かねえ始…

八王子

JR 八王子駅改札外、なるほど。 JR 八王子駅に下車したのは、さて何年ぶりだろうか。 改札口を出るとすぐ、地元および近隣物産店の張り店が眼に着く。多摩地域や近県産の農産物と加工品だ。栽培中無農薬だの、無添加だのが謳われている。新米があり豆があり…

初詣り

遅まきながら、菩提寺さまへ新年のご挨拶。毎年承知のうえで、遅らせている。 旧年歳末は、かなり押詰ってから一年のお礼に参上した。有力檀家衆の尻尾に、という想いだ。新年は松の内をあえて避ける。いち早く新年のご挨拶に出向かれるだろう有力檀家衆が、…

蛇じゃ

信州は墨坂ってところに、中村ナニガシって医者がおった。気まぐれの面白半分でね、今まさにつるんでるさなかっていう二匹の蛇をね、叩き殺しちまった。 その晩のこった。その医者のあそこがね、つまりそのゥなにだ、大事なイチモツがよ、ズキズキ痛み出しち…

蛙仙人

ここいらの子どもたちに、こんな遊びがあってね。 蛙を生きたまんま、土に埋めちまってね、声をそろえて唄うのさ。 「ひきどのめでたくお亡くなりぃ、お亡くなりぃ。おんばく持ってとぶらいにぃ、とぶらいにぃ」 ってね、口ぐちに囃したてたかと思うと、埋め…

名残寝

目覚し時計を解除してからが、安眠タイムだ。矛盾ではないだろうか。 不規則生活を続けていると、起床したところで、昨夜はさて何時に就寝したんだったか、いやそれは一昨日のことだったんだか、一瞬混乱をきたすことがしばしばだ。 自衛策として、就寝時の…

踏ん切り

今年、奥州路へ修行の旅に発とうと思い立った。頭陀袋を首から提げ、小さめの風呂敷包みを背にして歩く自分の、道に映った影法師だけ観るとね、おっ、すっかり西行法師! まんざらでもない気分だったねぇ。 ところがさ、いくらナリばかり整えてみたところで…

槍錆の嘆

西部古書会館、入口。 昨日に引続き、組合主催の古書市。今日は高円寺の西部古書会館。昨日赴いた東京古書会館(駿河台下)の分館である。 JR 高円寺駅にて待合せ。大学院生とその親友の会社員君、昨日も参加の三年生会長、そして私の四人参集。 今日も下級…

紙牡丹

友達に魚淵って男があるんだが、こいつがどうもねぇ……。 魚淵の家の牡丹は、他に比べるものありえないほど見事だと、もっぱらの評判でね。次つぎ口コミに伝わって、近在はおろか国ざかいを超えた信州外のお人までが、わざわざ観にやって来られようって日々な…

思いもうけぬ初詣

孔子像、湯島聖堂。 必死で早起きした。初詣なんぞする気じゃなかったんだけど。 昨今の私にとって、午前八時起床は非日常の早起きだ。ふだんなら白河夜船、うっかりするとまだ寝入りばなといったところか。 駿河台下の東京古書会館での、今年最初の古書市へ…

ホーホケキョ

元日の丑の刻(っていうと夜中の二時だぁね)に始まって、きっちり八日目ごとに、天空から妙なる音楽が聞えてくるって、誰が云い出したもんだか、まことしやかに云い触らされたことがあってね。拡散ってやつだ。 いついっかの夜中、どこそこで俺はたしかに聴…

雲量

雲量ゼロ、電線豊富。 「結構なお正月で」 ご近所のお顔馴染と道ですれ違うさいの、今年の挨拶だ。 十二月に二十三日から、東京には雨が降っていないらしい。その二週間、乾燥注意報も発令されつづけているとか。 西高東低。典型的な冬型気圧配置が頑固に居…

山川草木

妙専寺の鷹丸という十一歳になる息子はね、親元で修行中の小坊主さんだったが、この三月七日、うらうらと霞が立つような良い日和だったもんで、兄弟子の荒法師の供をして、荒井坂あたりで芹だのナヅナだのを摘んで遊んでたそうだ。 おり悪しくこの好天に飯綱…

三角野郎

暮しからテレビを消去して何年にもなるが、さほど不便と感じたことはない。耳に届かなかった情報は、人さまから教われば好い。ただし正月の駅伝放送を、専門家の解説付きで同時観戦できないことだけには、少々不便を感じる。 「ニューイヤー駅伝」の場合、実…

中くらい

丹後っていうから京都の北らしいが、普甲寺の上人ってお人は、とんでもなく西方浄土への憧れが強いお人でね。大晦日の晩、一人しかいない小僧さんに、手紙を託して、 「いいかい、明日の朝きっとだよ、忘れちゃいけないよ」 きつく言いつけたとさ。 さて元旦…

式年鍋替乃儀

今年も、年越しの行事が、おごそかにとり行われた。 過る一年間、わが主食たる粥を炊いてくれた鍋(左)は、常よりも丁寧に底を磨かれて、これより一年間の休息に入る。一昨年活躍の鍋(右)が一年ぶりに登場。今年一年の労働に入る。拙宅年中行事、鍋替えの…

あけましておめでとうございます

意志の問題

保昌正夫(1925 - 2002) 保昌正夫先生の謦咳には一度だけ接したことがある。たった一度だが、記憶に残っている。 立原正秋さんを初代編集長として復刊された第七次『早稲田文学』が、第二代編集長の有馬頼義さんにバトンタッチされてほどなくの頃だった。有…

今風お洒落

お洒落ないただきもの。いや、私が鈍感なだけで、現代の潮流なのだろうか。 押詰ってくると、叔父から歳暮をいただく。今年は帝国ホテル・ブランドのカレー詰合せ、三種類各三食だ。 初めて眼にするパッケージだ。既知の商品とどう異なるのだろうと気になっ…