一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

日々録

毒舌人生相談

1976 .10.および1977.7.初版刊行。 今東光『極道辻説法』と続篇との二巻が、手許にある。『週刊プレイボーイ』に長年連載された人生相談コーナーの集大成だ。投稿者も読者も、主として若者男子だろう。職場や人生設計から、宗教や文学から、恋愛や性まで、幅…

生きておれば

西、建屋がわ。 午前中から起きている。目覚し時計を六時間設定したものの、三時間睡眠だった。 睡眠中に二度ほど催して小用に立つのがつねだ。習慣化しているから、すぐに再就眠する。寝床が気持好い。ところが今朝にかぎって、再睡眠する気にならず、躰も…

暮しのビタミン

一日に必要なビタミン類一式を、総合的に摂取できる飲料だと謳ってある。体質によっても体格によっても、必須量など人それぞれだろうに。「平均すれば」「少なくとも」など、なんらかの根拠があっての広告コピーだろう。 雲形のような瓢箪のような、液体がこ…

ギリギリの抵抗

他人事ではない気がしている。 京都大学での滝川事件を境に、同大出身の俊英たちはファシズムの急速な膨張気配に対する危機感を深めた。昭和八年のことだ。東京では、日本共産党の理論的指導者の一部と目されていた佐野学・鍋山貞親の両名が、獄中にあって懺…

今晩のお奨めは

「ところで、今晩のお奨めはというと?」 「かき揚げ天で~す。タネは人参に、ブロッコリーの茎に、キャベツの葉脈」 芝居を観なくなってなん年にもなる。映画はもっと前から観なくなっている。寄席を覗いてみることも、長らくしていない。むろんテレビも、…

ただいま逃避中

あいも変らぬ保存惣菜を補充した。デスク周りには鬱陶しい案件が山積しているために、台所へ逃避した格好だ。 熱を通す惣菜の場合は、途中随所で「冷ます」だの「蒸らす」だのといった工程が欠かせぬから、二品三品同時に作るとなれば、どうしたって夜鍋作業…

トウが立つ

不可解な案件あり。腹立たしきことのふたつみつ。気晴らしには雑草を引っこ抜くにかぎる。 北は児童公園に、西はコインパーキングに接する、拙宅敷地の北西角にあたり、日ごろもっとも眼の届かぬ一画だ。建屋西側を繁殖地域とするフキの北限にして、建屋北側…

一瞬の細部

『夢声戦争日記』の昭和二十年八月十四日のの末尾は、こうなっている。 「この放送は翌日の三時迄続いた。放送員は最後にしみじみとした調子で、 ~~さて皆さん、長い間大変御苦労様でありました。 とつけ加えた。私もしみじみした気もちでスイッチを切つた…

気分直し

私にとって目白駅、目白警察署、目白消防署はいずれも、徒歩圏内だった。 時間と労力とを考えれば、まず池袋へ出て、山手線に乗換えてひと駅。目白駅へと赴くのが普通かもしれない。それでは三角形の二辺の和を移動することとなり、気乗りがしない。不愉快で…

無防備となる

一時的に無防備中。ただし住人は危険人物につき注意! 先方、つまり事故引起し会社および代理保険会社の立入りで進行すればよろしいのだろうが、当方としては目白警察署および東京電力から、一刻も早く危険状態を解消するようにと釘を刺されている身だ。悠長…

音で消す

Viet Tran と Seth Robertson ちょうど九年前の今日、あなたはこんな投稿をしました。だって。 フェイスブックには頼みもしないのにいろいろなサービス機能が備わっていて、なん年前の今月今夜の、あなた自身の投稿を思い出してみましょうと、ご親切に知らせ…

キリスト

横尾忠則「キリスト」(版画) 四月八日は花祭だ。お釈迦さまの誕生日である。華やかに祝う地方も場所も、今だってあることだろう。 わが幼き日には、母からガラスの三合瓶だか五合瓶だかを持たされて、使いに出された。金剛院さまのご門前では、甘茶が振舞…

供養

かつてここには、ひと株の老いた桜の樹が立っていた。とある男と女にとっての、想い出の樹だった。 男は百姓家の三男坊だった。東京の大学へ行かせてもよいが、医学部以外はまかりならんと、親から申し渡された。父親にとって息子が東京で一人前になるとは、…

突然の別れ

いく種類かの別れの場面をかねがね想像してみたりもしていたが、事実はいずれとも違っていた。 古本屋研究会の学生諸君が、新入生の歓迎・勧誘を兼ねて古書店散策に歩くという。誘ってもらえたので、唯一のジジイ会員も歓んで参加させていただくつもりだった…

斬られるまでは

徳川夢声(1894 - 1971) 昭和二十年(1945)三月上旬の徳川夢声は、銀座金春と新宿松竹に出演していた。 江戸能楽宗家の金春屋敷が幕末に麹町へ引越していった跡地は、明治以降も芸者衆が住んだりする粋な金春通り界隈として、名残を留めた。銀座通り七・八…

疫病禍明け

拙者としたことが、とんだご無礼を。ひらにひらに、サクラウジ。つい一昨日のこと、まだ一分咲きなどと申しましたが、わずか二夜明ければ三分咲きをも超える勢い。そこもとの俊足ぶりには、ほとほと感じ入ってござる。 季節のせいだろうか。時局のせいだろう…

開戦の日

昭和16年(1941)12月8日、神戸のホテルのルームで朝寝を決込んでいた徳川夢声のもとへ、岸井明が駆込んできた。慌てた様子で、扉も開けっ放しのままだった。東條英機首相のラジオ放送が始まるという。 夢声は月初めから湊川新開地の花月劇場で芝居の興行中…

なるべく俯いて

どっちがいいんだろう、上を仰ぐのと、下へ俯くのとでは? 坂本九が唄った「上を向いて歩こう」が国民的歌謡というほどの大ヒット曲だった時代から、六十年以上が経つ。懐メロ曲としても数限りなく唄われただろうし、他の歌手によるカバー版もあることだろう…

反省なんぞ

小林秀雄(1902 - 1983) 戦時下にあっての、大半の日本人の生活感情を回顧した小林秀雄に、「庶民は黙って時局に身を処した」という意味の言葉があった。含意は軽くないと観ていた私は、とある席で若者たちにこの言葉をお伝えした。ところが、である。 「そ…

みんなどこから

みんな、どこからやって来たのだろう。次の宛てはあるのかしらん。 耄碌してみて、自分がこれほど寒がりだったと、初めて知った。ラジオでは陽射しの好い日ですなどと云ってても、風が冷たいと草むしりする気が失せてしまう。わずかでも雨が降っていようもの…

漂泊ふたたび

今さらこの足に、草鞋が履けるとも思わぬけれども。 テレビ時代劇『鬼平犯科帳』のどの回だったかに、兇賊の手にかかった被害者の墓前に参る場面があった。事件はつい先だってのことで、墓はまだ真新しい素木の一本柱だった。墓柱背面の墨書に、たしか「寛政…

初めから

初めからそうすりゃあいいものを。マイナスからのスタートということか。 いつの日か再挑戦を、なんぞと考えていると、すぐやってみたくなる。一昨日の野菜揚げの件だ。 キャベツを千切りにして掻揚げふうにするのは無謀だ。少なくとも私の腕では無理である…

お待ちどおさま

お待ちどおの開花宣言、小松堂の開化煎餅。 拙宅老桜樹、十輪ほどの開花を確認。例年より一週間ほど、昨年より二週間ほど遅い。まだ風が肌寒いなか、これ以上は待ちきれぬといった風情である。 ここいく年かは、老樹にとって最後の花となるかも知れぬと覚悟…

轍を踏む

実験工房での結果だから、失敗はつきものだ……と、自分に云いきかせる。 人参を揚げる。玉ねぎとはまた違った、独特の甘みが出るはずである。 昔、試みた記憶がある。が、具の刻み加減も、粉加減も、まったく憶えていない。玉ねぎよりは火が通りにくいはずだ…

冷雨

冷たい雨だ。ご近所では、辛夷(コブシ)の花が満開だ。 昨日は大学卒業式の絶頂日だったことだろう。今どき矢絣は流行るまいから、花柄や縞柄の着物に紫袴の女子大生が、さだめし街を闊歩したことだろう。私は一人もお視かけしなかった。鉄道に乗ってみれば…

玉ねぎ天

ここ四日間ほど、玉ねぎ天を揚げている。 冬から初春にかけて、常用テキトー飯としておおいに愛食した、玉ねぎだけを具とする力うどん・力そばにも、少々飽きてきた。うんざりとはしていないけれども、親の仇のように餅ばかり食ってもなあ、という気分だ。 …

意外性

一見した印象とはかけ離れた意外性が、人間像の奥行きを増すということは、たしかにある。ギャップ萌え、というんだそうだ。 野村真美さんを、日本一不機嫌が似合う女優だと思っている。現代では、である。遡れば、杉村春子、北林谷栄、岸輝子など、大女優た…

文字という世界

文字らしい文字、立派な文字というものが、あるのだろうか。あるような気がしている。ただし巧い拙いとは少し違うような気がする。美しい醜いとも違う気がする。丁寧な文字か粗雑な文字かなんぞは、初めから論外だけれども。 明治の元勲と称ばれる政治家・政…

溯る

『溯行』第138号 長野市を本拠地とする長寿同人雑誌である。今も刊行されている。私も若き日には、勉強させていただいた、 創刊者は立岡章平さんで、長野ペンクラブに所属する信州文界の雄のお一人だった。より自由に書きたいと袂を分つように『溯行』を創刊…

宣言用意

つぼみが膨らんできたことは瞭かだが、開花の兆しはない。低気圧が期待どおりの速さでは、東の海上へと抜けてくれない。大陸側の高気圧が弱いのだろうか。今年は発達が遅いのだろうか。 風が異様に冷たい。しかも時おり突風のごとく押寄せる風は、とんでもな…