一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

日々録

いよいよ手を着ける

人生の店仕舞の作業を怠けぬように、本を手放す記録を時おり書いてきたが、これまで芝居関連書籍に手を着けたことはなかった。他分野との相似や通底を断ち切れぬ場合があり、取捨の判断に迷う場面が頻繁に生じがちだからである。が、そう云ってばかりもいら…

昨日に懲りて

建屋の東がわ。隣家との塀ぎわである。 裏手に設置されたガスメーターへの通路にあたるため、検針員さんにご迷惑をおかけせぬよう、まっさきに草むしりの気が周る地帯なのだが、ほんの一画だけ後回しになっていた。ユキノシタの群生処だったからだ。 花の形…

後遺症

赤・青・白(由来は動脈血・静脈血・包帯)が上空に向けて動いている。斜め三色のサインポールが、遠眼から視ても明らかに回っているのだ。散歩予定は急遽とりやめだ。散髪日に切換える。 ご先代マスターの時代から、半世紀近くもお世話になってきた理髪店さ…

大今昔

ご依頼書類を届けるだけだから、郵送にても可と云われたが、散歩をかねて出かけることにした。久しぶりだ。およそ五十五年前からの学生時分と、およそ二十五年前からの教員時分との記憶が混濁するから、感傷散歩といっても整合が面倒な場面も生じる。 他所で…

空間のしこり

リンゴだミカンだ、カキたイチゴだと、お好みはそれぞれにあろうけれども、レモンに対してだけはちょいと格別な印象を抱く人が、文学好きには多い。梶井基次郎『檸檬』の影響である。 肺疾による微熱にのべつ苛立つ主人公が、京都の街をほっつき歩く。ここが…

新庁舎

中野区では、五月七日からすべての窓口サービスが新庁舎へ移転した。一か月が経った。眼を惹く建物だ。中野区議会機能と東京都庁機能の一部とが、共存する建物らしい。。 八時半から受付け開始というので、七時には家を出た。久しぶりの国際興業バスだ。トキ…

初素麺

この夏、最初の素麺である。 珍しいものや凝ったものは、原則として口にしないから、麺類といえば徳用うどんに徳用そば、それに即席袋麺の醤油ラーメンの三種を順繰りに食べている。もうなん年もパスタ類を茹でていない。最後がいつだったかの記憶もない。 …

平然として

いつか使うかもしれぬブロックや、いつか地中に還すかも知れぬ枯板など、ガラクタをなんとなく積上げてある一画がある。春に草むしりしたはずなのに、小さな草ぐさがいち早く芽を伸ばしてきている。カタバミの花盛りだ。 今日は佳き日かもしれない。 コイン…

月に一度の

弘法さんが甘党だったものか、大酒飲みだったものか、資料を眼にしたことはない。 一昨日が母の月命日だった。忘れてはいなかったが、つねの気紛れで、一日延ばしをきめこんでしまった。と、金剛院さまからのダイレクトメールが届いた。お施餓鬼と盂蘭盆会と…

かつてエーゲ海に

―― 空よ、海よ、船たちよ、そして船腹に青く染まるギリシア文字たちよ!(秋浜悟史『アンチゴネーごっこ』) 学生諸君が自主的に制作する印刷物向けに、アンケート回答を求められたことがあった。履修してから当てが外れてがっかりする行違いを防ぐべく、あ…

晴れの日

低気圧が遠ざかったとかで、入梅前の、気持の好い晴天である。 信号のある十字路の角のマンションの一階では、ローソンストア100の開店日だ。店の左右には、赤地に白抜き文字で「OPEN」の幟がはためき、店の前には、紅白のキャンドル・モニュメントが立っ…

老いの頑張り

とんだもらい事故により、花盛りだった老桜樹の地上部が、アッという間に姿を消して、ふた月になる。あと処理については、なんら進展していない。 つい今しがたまで枝葉と花とに水分・養分をせっせと送っていた根は、長年の習慣を止めようとはしない。節ぶし…

発明について

同人雑誌に発表された作品が、若き文学仲間のあいだで高く評価され、いざ檜舞台へと乗出そうとしたところで夭折した梶井基次郎が、多くの後進作家たちから尊重され、今なお読者が途切れぬのは、彼の発明の数かずがあまりに鮮烈だったからだ。 他人が思いつけ…

大名の料理番

学友大北君から、またもご丹精の成果をご恵贈いただいてしまった。 つい先日も、いただいたばかりだ。春菊は三回に分けて、大好物の天ぷらにした。小松菜は茹でて小分け冷凍し、おひたし三回、胡麻和え一回の四分割で平らげた。蕪は薄切りにして甘酢の浅漬け…

ご恩返し

「ほんとうに橋川が色川より上だと、思っているのかい?」 「問題にならんと、思うね」 「そいつあ『明治精神史』が読めてねえんじゃないかなあ」 高田馬場駅からほど近くの、立飲み酒場だった。給湯器のような酒の自販機があちこちにあって、備えつけのガラ…

食卓も衣更え

しばらくぶりに野菜の揚げびたしを作ってみようかと、思い立って実行したのは、まだ肌寒い時期だった。いつもの悪癖で、材料を替えてみたり、味付けをかすかに変えてみたりしながらも、いく度も作り続けた。しかし気候もすっかり変ってきたことだし、保存食…

雨上り行列

正午までに雨は上ると、天気予報は告げている。伊豆諸島沖を通過する台風が、遠ざかってゆくそうだ。しかしみすみす時間の無駄もできないから、出かける。 銀行 ATM の前には行列ができている。晦日だ。いよいよ支払いが待ったなしだとか、今日中に手形を落…

桜の樹の下には

「櫻の樹の下には屍體が埋まつてゐる!」 出逢いがしらに読者の横っつらを張りとばすような一行で、梶井基次郎『櫻の樹の下には』は始まる。わずか六枚ていどの掌篇だ。主人公(語り手)が「お前」という人物に説明する、もしくは諭し聴かせるといった、語り…

闇の絵巻

梶井基次郎(1901 - 1932) 梶井基次郎『闇の絵巻』を解説する気はない。十枚ていどの短篇だが、解説しようとすればその枚数を超えてしまう。ナンセンスだ。 話相手はなく、仕事も手に着かない。転地療養中の主人公は、深い谷に抉られた急峻な山路に沿う集落…

五月でした

タカセコーヒーサロンの二階席への階段を昇りきった左手には、膝か太腿の高さの台が設けられてあって、季節ごとのミニチュアが飾られてある。 もし三階席でもあれば、階段の踊場ともなったろうが、今の設計では、ややもすると無駄な片隅となりかねぬ場所だ。…

闇を知る人

先日とある寄合いに、彼も出席と事前に知って、ぜひとも教えを乞いたきものと期するところあって出かけた。 四月二十日深夜、伊豆諸島沖にて訓練中だった海上自衛隊所属のヘリコプター三機のうち二機が、上空で正面衝突し、八人編成のうち一人死亡七人が行方…

桜木町、伊勢佐木町

古本屋研究会の若者たちに連れられて、横浜桜木町から伊勢佐木町を歩く。私にしてみれば、たて続けの遠出だ。 桜木町駅から山手がわのゆるい傾斜地一帯は、近年飲食街としての発展が目覚ましい。通い詰めれば、もしくは近隣へ引越して来れば、さぞや面白い街…

なんとなく佳き日

春先から今ごろまでに白花を着ける花木と云えば、近所にはハクモクレン、コブシ、ハナミズキ、タイサンボクなどの、かねがね眼を着けてきた株がある。だがそれらに較べるとややスター性に乏しいものの、私はヤマボウシの花が好きだ。 といっても花と見える部…

太平洋展

片倉 健『樹影』 今しも遠い山の端に没しようとする急角度の西陽に照らされた、農村風景だ。作物や草がすっかり刈りあげられた畑や野原に立木がひと株、異様なまでに長い影を、東に延している。、 人らも家畜たちも機械も、今日を切りあげて帰っていった。大…

行列の尻尾

メンチカツサンド、ポテサラサンド、チーズ入りくるみパン。 大事な用件の前には、「カツ」の付く食べものを口にする。じつに愚鈍なゲン担ぎだ。 旧い仲間の一人に、商売と音楽とに過してきた人生にひと区切りつけて、余生の生甲斐に画を描いている男がある…

共感

午前十一時の時報と同時に、拙宅に北接する区立施設の屋上スピーカーから、大音声が鳴り響いた。長らく工事中でビル全体がテント地や黒い遮蔽幕で覆われたままだが、屋上のスピーカーだけは通常の機能を果そうとするらしい。音が割れて、ひどく耳触りの悪い…

埋れたように

ようやく陽の目を視たユキノシタである。 東に接する隣家との境界塀ぎわのむしり残しを、数日前に潰したのだったが、ユキノシタだけは、あえてむしらずに目こぼししておいた。似たものがほとんどない特徴ある花を観てから、まとめて始末しても遅くはないから…

えんま市

えんま市(6月14~16日)まで、一か月を切った。村上市の村上大祭、新潟市の蒲原まつりと並んで、新潟三大高市とされる。高市(たかまち)とは縁日のことだ。市内の閻魔堂を中心に四百とも五百ともいわれる露天商が並ぶ。 そもそもはこの地に馬の市が立って…

風景の移ろい

映像ではどれだけ観せられたものか、見当もつかない。しかし肉眼で、これほど間近に東京ドーム球場を観るのは初めてだ。 今年に入ってから、六十年前のチームメイトが二人、相次いでシューズを脱いだ。かねてより健康不安を抱えていたとはいえ、ともに医療成…

東部戦線

それぞれなにがしかの理由があってむしり残された、飛び地のごとき箇所がある。それらを潰してゆく。東側隣家との境界ブロック塀に沿って、南から北への三日間だ。 第一日目。門扉すぐ内側。見てくれだけ両開きの門扉だが、じつは外から視た右側は今風カンヌ…