一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

日々録

つつがなき日

本日も小雨模様である。天皇誕生日である。昨夜から今朝にかけては、季戻りの冷えこみだった。起床したくなかった。 起床後ただちに全裸で体重測定。これが辛い。大急ぎで半分着込んで検温と血圧測定し、メモに取ったら定常装備を着込む。 冷蔵庫から牛乳パ…

雨の気分

どなたに申しあげるにもあたらぬ、ちっぽけな気分について。 雨である。傘を差そうか差すまいかと迷うほどの小降りながら、朝から降り続いてやまない。草むしりには適さない(できなくはなかろうけれども)。近所散歩にも適さない(できなくはなかろうけれど…

これだって春

老朽化してるのは、建屋だけではない。 門柱の陰に、ガスや水道の元栓を操作する装置が埋設されてある。周囲には駐輪スペースのコンクリートが打たれてある。コンクリートは経年劣化している。しかも昭和三十三年にこの地へ引越してきて以来、一度の増築工事…

とある風物詩

そろそろ仕舞いだろうか。いや、まだ油断できない。 毛布を肩に掛けてストーブの前に腰掛けていても、寒さに気が削がれる夜がある。深更から明けがたにかけて、腹の底に力がありそうな低いエンジン音が、数時間も途絶えずに聞えてくることがある。冷えこむ季…

谷間の誉れ

「追出しコンパ」は死語だそうだ。ではなんと称ぶのだろうか。私は知らない。 大学はもっと愉しい処のはずだった。多くの学友と交流したり、時には反目したりできるはずの処だった。ところが登校すらできぬ時期があった。健康チェックシートを毎回提出しなが…

吉田秀和

読解力があるうちに、この人のものをもっと読んでみたかった。基礎教養があまりに足りなくて、果せなかった。 とある吉田秀和評に、こんな一節があった。音楽の吉田秀和、美術の高田博厚、文学の小林秀雄。三人の文章を、たんに音楽論・美術論・文学論として…

ロートレック

好きな西洋近代画家はと問われれば、ロートレックだ。ゴッホでもルノワールでもない。 トゥールーズ一帯を領地とする領主の息子だった。貴族の家柄である。幼少期に落馬するなど二度の大怪我で脊椎損傷し、下半身の成長が止った。躰の三分の二が上半身という…

むしり初め

草たちがいっせいに芽吹いてきた。日に日に背丈を伸ばして存在を主張してくる。 この段階で草むしりに入るのは、いかにも大袈裟だろうと、かつては考えていた。もう少し伸長してからでないと、むしり甲斐がないなんぞと、暢気に構えていた。とんだ心得違いだ…

文鎮

用途不明。実効性不問。重量感、手応え、表情、愛嬌。それで充分じゃないか。 パルコは開いてなかった。下調べ不足で出掛けた私が悪い。今でも館内に世界堂があるものとばかり、暢気に信じ込んでいたのだ。時代遅れも甚だしい。 東武百貨店へ回る。伊東屋が…

芋の春

チョコは来ないが、芋が来た。 学友大北君の畑から、ご丹精の里芋が届いた。チョットばかり、とのメール付きだが、多い少ないは背景による。畑にあっては少量でも、わが台所で荷を解けば大量だ。 さつま芋と里芋との、今季最後の収穫をなさったらしい。昨年…

悪いはキレイ

山咲千里写真集『フェティッシュ』(撮/ピーター・アーネル、スコラ、1994)より 悪そうな女が好きだった。 たとえばヒューマン・ドキュメンタリーに、二トントラックを転がして二児を育てている陸送の女性ドライバーが出てきたりする。十代のヤンチャ盛りに…

長身美形

背の高い女が好きだった。 アカツキがパリ五輪行き切符を手にした。女子バスケットボールチームである。ハンガリーにまさかの苦杯を喫したときには肝を冷したが、第三戦ではランキング上位のカナダに競り勝って堂々の本大会出場を決めた。東京五輪では開催国…

正統性とは

今想うに、正統性とは? 江藤淳の熱心な読者だったことは、一度もなかった。にもかかわらず、宅内に散らばった雑本を掻き集めると、十冊以上が出てきてしまう。これでもまだ、夏目漱石関連は宅内行方不明のままだ。まとめてどこかに潜んでいるのだろう。 愛…

器の限界

車谷長吉『鹽壺の匙』には驚いた。じつは刊行時がこの作家の登場ではなく、いく年も前から、納得ゆくものだけをポツリポツリと雑誌発表してきた寡作作家で、ようやく一冊分が溜って刊行されたから、私のようなものの眼にも入ったのだった。内面の格闘を凝視…

気持のぜいたく

予想外のせいたく気分を味わった。 墓詣りの帰途、喫茶店に立寄った。よくあることだ。が、今日は起きぬけに朝食抜きで、家を飛出してきた。時あたかも正午過ぎ。周囲がどことなく昼食の雰囲気だ。空腹でもある。いつもの珈琲に加えて、チーズバーガーを注文…

春弘法の

年間をとおして、花が咲くか草木が色づくか、境内になにかしら色彩の観どころのない日は一日もないのが、金剛院さまの特色であり、境内の植栽いっさいを任されておられる秋村造園さんのお骨折りだ。毎年先頭を切って春到来を告げるのは、庫裏のお玄関脇の枝…

陽射し戻る

空地にて。 思いのほかの陽射しが戻った。拙宅前は跡形もなくさっぱりした。ご近所を一巡してみても、気温と地熱と車輪に委ねた場所はさっぱりしている。道端に雪山を築いたお宅では、山が小さくなってゆくのはまだこれからだ。建物の北側で陽射しを遮られた…

雪判定

雪かきする、しない。さあ思案のしどころだ。 小説家の額賀 澪さんが X でこんなふうに呟いている。丑三つ刻ころの投稿だ。 「雪国出身のルームメイトがこんな夜中にマンション前の雪かきを始めた。凍る前にやってしまいたいらしい。」 雪国ご出身でないらし…

雪の春

雪が降ってきた。まずは物干し台から眺める。 立春過ぎてからでも、初雪と称ぶのだろうか。 いつだったかのラジオ番組中に、ここ赤坂ではとか、ここ渋谷ではという台詞があって、都内の一部ではかすかな雪降りがあったらしい。わが町には降らなかった。今日…

立春、じゃね?

暦の上では春とはいえ……なにを云うにもさよう切りだす日を迎えた。寝床にあって、つらつら考えた。そうだ、起きてカレーうどんを食おう。 カレーうどん B の大盛である。A はもっとも手抜きの方式で、温めたカレーを茹であがったうどんにかける。カレーライ…

アップルパイ

「アップルデニッシュ」行列のできる地元の名店ベーカリー謹製。 阪急京都線の終点「河原町」で降りると、まず四条通りを西へ歩いて、ジュンク(淳久)堂書店に顔出しした。相性の好い書店で、わりに商売ができた。あとに控える難関を前に、気分を高揚させて…

日々これ

この暮し、不規則にして、規則的。 体調と気分に忠実に、つまりわがまま勝手に暮そうとすると、どうしても不規則生活になってしまう。二十時間以上起きていて、六時間八時間眠る周期となってしまう。起床・就寝時刻がズレてゆく。調整するために、二時間三時…

大枠の見当

柄にもなく、分不相応に巨きなことを考えた時期があった。 『悲劇の死』が日本の文学や芸術に及ぼした影響は小さくなかったと思う。一九七〇年ころだったとの記憶なのだが、ジョージ・スタイナーというのが重要かつ面白いのだと、原文で読解できる気鋭の論客…

時代の痕跡

文学や芝居や映画にとって、新宿の街がとても重要だった時代の思い出噺だ。 映画界のツワモノがたから噺を伺うという、三夜連続の講演会があった。場所は紀伊國屋ホールだったと思う。 第一夜は吉田喜重。長身細身の美男紳士が登壇した。もし大学教授だった…

紙一重

じゃが芋をいかに食うか。算段の軸はどうやらそこだ。 一日一食半。それに机もしくはパソコン前にかなり長く腰掛けているから、ついつい口淋しくなって間食をなにか。経験から割りだされた、わが適切食事量だ。それ以上摂取すると体重が増える。酒を飲んでも…

自首します

覗き魔かと怪しまれるだろうか。なるほど似てはいる。盗撮者として告発されるだろうか。似てはいる。犯罪行為に似ている。当方にその自覚がなくとも。言葉面だけでも、自首しておこう。 二階家が丸ごと庭木に包みこまれたようなお邸が、かつて十字路の角に建…

祝賀の夜

「いよゥ!」 久かたぶりに顔を合せても、気軽にグータッチで挨拶できる、今のところ唯一の友人である。 一千日連続投稿の日を健康で達成できたことなんぞ、どなたにとってもどうでもよろしい、まことに私一個の祝賀だから、独り祝杯を挙げたくなった。飲み…

連続一千日〈口上〉

仙厓「烏鷺雪中」(部分)。雪景色のなかの鴉と鷺の画だそうです。 心痛むことの相次ぐ新春でございましたが、お身内に取返しつかぬ災厄はございませんでしたでしょうか。お見舞い申しあげます。 天災人災を問わず、内外に悔しいできごとの絶えぬ年を迎えま…

激烈

「此蓄生」たった三文字の賛が付されてある。 この季節の拙宅内はつねに寒く、私はたいてい鼻風邪を引いている。熱は出ない。躰が怠いということも、節ぶしが痛むということもない。ただのべつ幕なしに鼻水が出続ける。凄い量で、毎分ごとに鼻をかまねばなら…

絶頂期

気に入らぬ風もあらふに柳哉 仙厓 岐阜県の農家の子が地元の臨済の禅寺で得度して小僧になったのは十一歳で、十九歳のとき神奈川県の寺へ移って本格修行に入る。師より印可を受け、寺を出て独り行脚の旅に出たのが三十二歳で、福岡県の寺へは三十九歳で入る…