一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

読み跡

吉田秀和

読解力があるうちに、この人のものをもっと読んでみたかった。基礎教養があまりに足りなくて、果せなかった。 とある吉田秀和評に、こんな一節があった。音楽の吉田秀和、美術の高田博厚、文学の小林秀雄。三人の文章を、たんに音楽論・美術論・文学論として…

ロートレック

好きな西洋近代画家はと問われれば、ロートレックだ。ゴッホでもルノワールでもない。 トゥールーズ一帯を領地とする領主の息子だった。貴族の家柄である。幼少期に落馬するなど二度の大怪我で脊椎損傷し、下半身の成長が止った。躰の三分の二が上半身という…

正統性とは

今想うに、正統性とは? 江藤淳の熱心な読者だったことは、一度もなかった。にもかかわらず、宅内に散らばった雑本を掻き集めると、十冊以上が出てきてしまう。これでもまだ、夏目漱石関連は宅内行方不明のままだ。まとめてどこかに潜んでいるのだろう。 愛…

器の限界

車谷長吉『鹽壺の匙』には驚いた。じつは刊行時がこの作家の登場ではなく、いく年も前から、納得ゆくものだけをポツリポツリと雑誌発表してきた寡作作家で、ようやく一冊分が溜って刊行されたから、私のようなものの眼にも入ったのだった。内面の格闘を凝視…

大枠の見当

柄にもなく、分不相応に巨きなことを考えた時期があった。 『悲劇の死』が日本の文学や芸術に及ぼした影響は小さくなかったと思う。一九七〇年ころだったとの記憶なのだが、ジョージ・スタイナーというのが重要かつ面白いのだと、原文で読解できる気鋭の論客…

時代の痕跡

文学や芝居や映画にとって、新宿の街がとても重要だった時代の思い出噺だ。 映画界のツワモノがたから噺を伺うという、三夜連続の講演会があった。場所は紀伊國屋ホールだったと思う。 第一夜は吉田喜重。長身細身の美男紳士が登壇した。もし大学教授だった…

激烈

「此蓄生」たった三文字の賛が付されてある。 この季節の拙宅内はつねに寒く、私はたいてい鼻風邪を引いている。熱は出ない。躰が怠いということも、節ぶしが痛むということもない。ただのべつ幕なしに鼻水が出続ける。凄い量で、毎分ごとに鼻をかまねばなら…

絶頂期

気に入らぬ風もあらふに柳哉 仙厓 岐阜県の農家の子が地元の臨済の禅寺で得度して小僧になったのは十一歳で、十九歳のとき神奈川県の寺へ移って本格修行に入る。師より印可を受け、寺を出て独り行脚の旅に出たのが三十二歳で、福岡県の寺へは三十九歳で入る…

事の始まり

民主主義という語を、いつどこで覚えたのだったろうか。 小学五年六年時の担任教諭は、いかにも戦前の女子師範の節度謹厳を思わせる怖いオバチャン先生だった。私は自分の出来には余る教師運に恵まれた男と思っているが、まず最初がこの先生だ。あれこれの場…

気合ダァ!

年頭愕然。そして反省。そして決断。 拙宅内の片づけに重大な障害となっているもののひとつは、わが生涯にもはや再読の機会は訪れまいと思える書籍類だ。場所を塞ぎ、移動を妨げ、よろづ片づけの邪魔となってある。 中味を空にした箪笥だの、故障したままの…

解るよなあ

松が取れたら、いっせいにダンボール。因果関係はあるまいけれど。 およそ一日おきのペースで、コンビニへ煙草を買いに行く。昨年のある時期までは、拙宅筋向うといってもよい十字路角にファミリーマートがあって、すこぶる便利だった。繁盛店だったのに、な…

険しい時代の人たち

若き日の一時期、なんとかして理解しようとムキになってはみたものの、容易には歯が立たなかった本というものがある。今想えば、肩の力を脱いて、平易に読めばさほどの本でもなかったものを、未熟ゆえにそうはできなかったという苦い思い出である。それもこ…

初荷

当ブログの「古書肆に出す」シリーズをお眼になさってくださったかたから、だいぶ片づいてきたでしょうと、お声掛けいただくことがある。おかげさまでと、いちおう応えてはいる。が、あくまでも挨拶であって、実情はどこが進展したのかという状況だ。 空間を…

大つごもり秘儀

ここ一朴之宮大祭祀殿(巷での愛称は物置)では、例年大晦日の行事である「式年鍋替えの儀」が、つましくしめやかのうちにも古式ゆかしき恒例に則り、催されました。 儀式次第を知る者は、伝承者たる一朴翁わずか一名のみという、世にかくれた秘儀中の秘儀で…

歳末感謝大買出し

用件が三つ以上溜らぬうちは、外出したくない。指を折れば、五つも六つもになった。やむをえない。 まずはわがメインバンクたる信用金庫にて通帳記入。ギャラ振込んどきましたのでヨロシクとの連絡をいただいたまま、ものぐさを決込んでいた案件があった。こ…

ジョーダン

普段着のモンペを着用のまま、マイケル・ジョーダン・モデルのスニーカーを履いて、ラッパーのライブに出かけたようなもんだ。 とびきり生きの好い文学雑誌が届いた。『江古田文学』114号だ。頭から尻尾まで「日本実存主義文学」大特集である。 世に云う「実…

路傍の紙

断捨離に先がけてまず、部屋内を歩き回れる状態にする第一歩。 わが家には開かずの扉がいくつかある。老朽化のせいでも鍵紛失のせいでもない。足元に本やガラクタが積上げられてあるからだ。たとえば階段上りはなの廊下から書庫へは、扉はあっても直接には入…

一歩あり

囲碁・将棋といった習い事は、だれから教わってもいい。どう教わってもいい。教わるからには、ただひたすら熱心でなければならない。熱心さが足りなければ、一生ヘボで了る。身に浸みて自覚している。 政財界人や富裕層や大新聞社がこぞって、日本棋院や日本…

先達批評家たち

影響? 受けたに決ってる。どんな影響? 憶えてなんぞいるもんか。 はっきりと記憶され、その後おりに触れて思い返される深刻な影響というものがある。「出逢い」なんぞと表現される場合も多い。 それとは異なる影響もある。そうだったのかなるほどね、とい…

忘恩いくつか

佐古純一郎の文芸批評に注意深く耳を傾けていた時期がある。 早稲田だ三田だ赤門だといった文学青年街道を歩んだ人ではない。学生時代に亀井勝一郎の門を敲き師事した。海軍に応召し、対馬守備隊の通信兵として敗戦を迎える。戦後洗礼を受け、創元社や角川書…

西洋思想? もういいや

大きなことを考えたり、決断したりすると、たいてい間違えるようになった。 修身斉家治国平天下と『論語』は云う。まずは自分の身を修めることからという意味だが、乱暴に云い換えれば、テメエの頭の上の蠅も追えぬくせしてデカイ口を叩くんじゃねえ、という…

感覚のごちそう

矢代幸雄の著書を処分したいのだが、あまりに想い出が多く、処分しきれない。 手許にあったところで明らかに宝の持ち腐れの専門研究は、手放すに容易だ。『西洋美術史講話 古代編』『東洋美術論考』『受胎告知』などである。しかるべきかたのお手許にあれば…

把握しない

ケネス・クラーク(1903 - 83)の訳書がこれっぱかりしか手許になかったかと、不思議な気がする。書店の棚で視かけると、いつ読めるか判らないけれどもいちおう買っておこうと心がけた、短い時期があった。もっとも、さような心がけを放棄して以降に刊行され…

前線の見識

永山正昭『と いう人びと』(西田書店、1987)。こういう本は、けっして古書肆に出したりはしない。 著者は海員組合でひと苦労したあと、「しんぶん赤旗」の編集部員だった。労働組合運動隆盛の戦後期にあってさえ、ひときわ激しかったとされる船員組合の逸…

身のほど学

小田切進 編『現代日本文芸総覧』全四巻(明治文献、1968 - 73) たとえばプロレタリア文学史を読んでいると、『種まく人』『文芸戦線』ほかの雑誌名が頻繁に出てくる。どんな人たちが書いていたのだろうか。第一巻に目次がすべて出ている。たとえば新感覚派…

再読優先順位

かつて学恩を受けた本だ。その後、再読した憶えはないのだけれども。 片岡良一は、日本近代文学をアカデミズムの立場・態度・手法によって取扱った第一世代の研究者のひとりと、今日では位置づけられてあるようだ。無手勝流体当りで本に対していた学生には、…

黒い本、白い本

古書店さん関係者や愛書家のあいだで交される、いわば業界用語のひとつに「黒い本、白い本」という言葉がある。店内の色調や空気感に由来する言葉だそうだ。 日本文学を例にとると、井伏鱒二や川端康成の著書を棚にぎっしりと詰めてある書店があったとして、…

学力不足

大学卒業後、ついに再読もしくは通読の機会がおとづれなかった本も多い。 『ボードレール全集』全四巻(人文書院、1963 - 64)は、入学してほどなく、ということは一九六九年かそれとも七〇年か、貧しいポケットを叩いて、思い切って買った記憶がある。小林…

想い出深き

「雑誌『近代文学』派というのは、左翼白樺派だな」 先輩にして恩人でもある、小説家の夫馬基彦さんが、ある昼休みの講師室でお茶を飲みながら、ボソッとおっしゃった。むろん冗談半分にだが、言いえて妙でもあると、聴いていて思った。佐々木基一と本多秋五…

散髪への道

昨夜半から降り出した。ほんの小雨で、すぐにやみそうだった。払暁トイレに起きてみたら、本降りになっていた。午前九時に起床。小降りとなってはいたものの、まだ降っていた。視るからに寒そうだった。 バザーのポスターを貼らせてもらえませんかと、先日依…