一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

読み跡

どっかの

『文藝春秋 芥川賞・直木賞150回全記録』より無断で切取らせていただきました。 山田詠美さんが『ベッドタイムアイズ』でデビューしてきたとき、おっ、佳い作家が出てきたな、と思った。 若い女性作家が、デビュー前に女王様やってたとか、ボーイフレンドが…

感想の発明

梅干の種とは、いつ別れたらよいのだろうか。口中でさんざん舐めまわして、ほとんど味がしなくなったところで、これで梅も成仏できようと、掌に出す。ふとした好奇心から、ゴミ袋へ放らずに、醤油皿に取って、俎板の隅に置いておく。陰干し状態だ。 次の食事…

ひょっとしたら

『めくらお市 みだれ笠』(松竹大船、1969)より 松山容子さん主演のヒットシリーズ。今も鮮明に記憶する高齢者は多かろう。 吉永小百合さんを、岩下志麻さんを、倍賞千恵子さんを大女優とお称びして、反対の手が上ることはあるまい。が、松山容子さんを、お…

具合好く

学生有志諸君が明日来訪とのこと。大学祭(今年は開催するらしい)での催しの打合せと、在庫チェックだとのこと。拙宅が、サークルの資材と在庫の倉庫となっているのだ。同時に、案内印刷物の都合で、私の姿写真を撮影したいとのこと。写真学科の上級生を連…

空気感

エリザベッタ・フランキ2022春夏 フィナーレ 乗馬倶楽部のあと、最新のロケ地は、大理石の石切場(採石場)だ。イタリー本土にこういう所があるのだろうか。それとも地中海上のどこかの島ででもあろうか。 主題は、ヴァカンスでやって来た富裕階級のリゾート…

ちょうどいゝ

東京には老舗の名菓・名品かずかずあれど、気取りのない、ちょいとした手土産といった進物で、しかも東京ならではの特産となると、はて思案に余る。と、昨日のブログに書いたところ、友人からご助言。そりゃ海苔だろう。 あっ、そうか。とんだ迂闊だった。ご…

親子その後

菊池寛(1888-1948) 『父帰る』は明治四十年頃の設定。道楽三昧とにわか事業の失敗から、妻と三人の子を置去りに、情婦と逐電した父が、尾羽打ち枯らした姿で二十年ぶりにひょっこり帰宅する噺だ。 かつて父なき一家は極貧に喘ぎ、一家心中未遂にまで追込ま…

名案

両口屋是清、不動の三菓仙。左より「旅まくら」「よも山」「志なの路」。 久方ぶりにパスモを使う。池袋へ。彼岸詣りの準備だ。二十五年来、ナントカのひとつ憶え、両口屋是清である。 かつて盆暮れも春秋彼岸も、菓子をお供えしていた時期があった。仏様に…

我が軍

我が軍、最前線の戦闘部隊、関の孫六中隊。 たかがメロンを切るだけのことなのだが、いずれの包丁を使うか。果物専用ナイフなど持合わせぬ身としては、少々思案のしどころだ。 重要案件に対しては、まぁ命までは盗られまいと、ほどほどかつ気軽に決断してし…

別物

松川駅付近。現場に立ちて、想う。 私にとって九月とは、お彼岸の墓参りと菩提寺さまへの挨拶、そして広津和郎の命日である。 日本近代文学史にあって、桜と橘のごとく、一対に称ばれる先人が幾組かある。 藤村・花袋。およそ文学に関わる者で、ご両名の恩恵…

カメラ目線

平野謙(1907~1978) ペット愛玩動画を覗いていて、気にかかる瞬間がある。 腹を空かせた子猫が、乳を欲しがっている。必死なその姿が可愛いと、哺乳瓶を遠ざけてみたりする。そっちじゃないと、わざわざカメラレンズの方に向き直らせて、やり直させたりする…

暢気時代

広津和郎(1891~1968) 谷崎精二先生を囲むお祝いの宴。受付には、英文科の大学院生らが、お客様ご案内係や名簿係として駆り出されていた。会が始まって、ようやく受付が手すきになったころ、老人が一人、入口に到着した。 「あっ、広津さんだ」 大学院生は…

うん、うん、

谷崎精二(1890~1971) 早稲田の文学部で(他学部の事情は存じません)、冠詞も枕詞も付けずに、たんに谷崎先生と申しあげたら、それは文豪谷崎潤一郎のことではなく、弟の谷崎精二先生を指す。学部生のあいだはそうでもあるまいが、大学院生だの助手だので…

月謝

早稲田系御大そろい踏み。丹羽文雄、浅見淵、尾崎一雄。 絢爛豪華な兄潤一郎と、地味な私小説作家の弟精二。谷崎兄弟は外見も作風も対照的だ。父方と母方、受継いだ血筋の違いか。それとも稀にあるという、兄弟なればこその反発的対照かと、それまでは考えら…

平民

戸川秋骨『隨筆 文鳥』(大正13年6月、奎運社) 刺身を食して、魚はまずまずなんだが、惜しいことに包丁がいけないと云い当てるかたは、たまにはあろう。が、包丁を研いだ砥石の良し悪しまで、刺身の味から指摘した人が、江戸にはあったという。 また京都に…

名訳

中野好夫(1903~1985) 清富に限る。中野好夫はしばしば喝破したものだった。 清貧を尊ぶことを、とかく日本人の美徳または美意識のように云うが、本心は富裕でありたい。だが富はとかく腐にも濁にも汚にも堕しやすい。濁富と化すくらいなら、しかたなく清…

風流

『清貧に生きる』上司小剣(昭和15年、千倉書房) 風流人と自認するとある分限者(大金持ちですな)、大枚はたいて年月かけて、三種の神器とも申すべき珍品をついに入手。いわく、釈迦が用いた鉄鉢、孔子が艱難の旅に携えた杖、太公望が渭水北岸に釣糸を垂れ…

論理

『芥川賞・直木賞150回全記録』(文春ムック)より、無断で切取らせていただきました。 口火(ツカミ)は野坂昭如、〆(トリ)が五木寛之という講演会だったわけだが、主催は『早稲田文学』で、司会というか冒頭挨拶というか、編集長だった立原正秋さんが、…

風の頃

『芥川賞・直木賞150回全記録』(文春ムック)より無断で切取らせていただきました。 講演会のトリは、五木寛之さんだった。スペイン戦争のお噺で、歴史に埋れた市民の運動などをご紹介された。学園紛争真只中だったから、学生聴衆への注意喚起、ありていに…

お鞄

新庄嘉章、私が拝見したのはご定年直前。もっとご高齢でいらっしゃいました。 野坂昭如さんには、鉄板ネタのツカミというか、ご自身お気に召しておられたらしい噺の枕があった。 ――大学になんぞ通うつもりはなかったのが、急遽受験することに。文学部事務所…

ストリップ

『芥川賞・直木賞150回全記録』(文春ムック)より無断で切取りました。 野坂昭如さんが、学生向けのご講演で、こんなふうにおっしゃった。直木賞受賞からほどなくで、話題沸騰の流行作家であられた時分、つまり悪振りが売りだった頃のことだ。晩年であれば…

代表

深沢七郎『庶民列伝』(新潮社)から、無断で切取りました。 信州の総合病院で、内科勤務医だった南木佳士さんは、他科病棟に深沢七郎が入院してきたと知って、しばし迷ったのち勇を鼓して病室を訪ねた。 「ご気分のよろしいとき、お話を伺いに上ってはいけ…

最後のひと巻

台風一過、東京はなんとも晴れ渡ったものだ。全国的に、暑いんだそうだ。 台所にも気乗りがしない。ちょうど煙草も切れそうだ。ついでにおやつか軽食でもと、ファミマへ向う。あっ、マスク忘れた。煙草以外の買物をするなら、袋も必要だ。玄関先や木戸を出て…

潮目が変る

林忠彦写真集『日本の作家』より、一部分を無断で切取らせていただきました。 志賀直哉は開戦直前まで、今こゝで戦争してはならぬと考えていた。が、日本は開戦ししてしまった。開戦してしまったからには、この戦争、なんとか負けずに了って欲しいものだと念…

今もって

ご夫妻の志。メディアは二度と、庶民大衆をダマしてはならない。 東京外国語学校(現東京外国語大学)スペイン語科にあった頃、血盟団事件から五・一五事件へと、不穏な空気に満ちた世相だった。暴力はよろしくない、テロリズムはけしからんと、言葉にはしな…

活きなさい

筑紫哲也さんも、田原総一朗さんも、昭和史の重要議題を特集するとき、また今こそが歴史の重要な曲り角だと思い定めた番組を創るとき、必ずといっていゝほど、ゲストとして秋田からむのたけじさんを招いた。 『週刊たいまつ』の大組みは、編集主幹みずからの…

修業の成果

十返肇は、もともとは下戸だったそうで、結婚当初も、飲む習慣はなかったという。 「あなたも文壇付合いが必要なんだから、少しは飲めたほうがいゝんじゃないの」 千鶴子夫人の忠告もあって、遅まきながら酒の修業に踏出したそうだ。ところが、めきめきと腕…

植物染料

「文学の鬼」と異名をとった宇野浩二については、盟友広津和郎あるがゆえに、多くが語り残されている。なにせ学生時代以来の親友で、文壇にあってもお神酒徳利さながら、つねに一対のごとくに視られてきたご両名だから、当然だ。 藤村花袋、菊池芥川、横光川…

がら空き

夜中が作業時間だ。起床は午過ぎ。ぐっしょり寝汗をかいている。発汗は健康法ともいえるが、眠っている間の熱中症には、気をつけねばならない。洗濯物は溜る。下着二日分とパジャマとタオルケット、それに枕カバー代りのバスタオル。シャワー場のタオルも二…

ついつい

駒子以外にもう一人、重要な女性がいる。トンネルを抜ける列車で、偶然島村と同じ車両に乗り合せていた葉子だ。澄んだ眼と、「悲しいほど美しい声」の持主と表現される、こちらは掛値なしの美少女である。 映画では、岸恵子の駒子に対して、葉子は八千草薫。…