一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

コレクション

「タバコください。七十七番ふたつ」
 ファミマでの、いつもの注文のしかたである。ケント細巻ロング・一ミリ・メンソール、なんて云ったところで、タバコと無縁そうなお若いバイトさんには、ご迷惑だろう。この云いかたが手っとり早い。

 翌朝までの夜なべに備えて、ファミマブランドの百円均一お値打ち駄菓子をひと袋、それにタバコふた箱で〆て千六十八円となる。二千円出すことは、まずない。一万円札などもってのほかだ。千七十円かやむなく千百円、できる限り千六十八円出したい。ごく稀に、紙入れに千円札が皆無のときがあって、そういうときには一万六十八円出したい。
 そんな気性ではあるが、それでもどうかすると、小銭入れにコインがじゃらじゃら溜ってしまうことがある。溜り過ぎたら間引く。デスクの灰皿の脇に、もとは佃煮が入っていたガラス壜が置いてあって、間引いたコインを入れてゆく。
 
 ところで間引く基準だが、額面にかかわらず、発行年が「昭和」のものを漏れなく間引く。そう、このガラス壜には、昭和時代謹製の一円五円十円五十円百円の硬貨たちが集っているのだ。五百円は年代にかかわらず別の壜へ。銭湯とベーカリーで好都合なので、エリート扱いだ。
 令和の御代に、まだ昭和の硬貨がうろうろしてるかねえと、思うご仁がおられるならとんだ料簡違い。どうしてどうして相当数が元気で流通している。
 圧倒的に数が多いのは十円玉で、流通絶対量の多さゆえか、それともこの銅色の材質が丈夫なのだろうか。流通量が豊富なはずなのに意外に少ないのは百円玉。新材質が傷みやすいのか、それともデザイン変更に見舞われた過去が、禍しているものだろうか。発行枚数の少なそうな五十円玉はよりいっそうだ。
 五円玉は数こそめっきり減るが、打率が高い。もともと鋳造枚数は多くなかろうが、激しく流通したことがないため傷み少なく、新鋳造の補充も少ないのではないだろうか。意外にしぶといのが一円玉で、貧相で軽がるしい見た眼に相違して、傷がついたりかすかに曲ったりしながらも、しっかり現役でいるという感じを押出してくる。

 こいつは俺があの惨めな出張に明け暮れていたころ出来た奴、こいつはベトナム戦争が終ったころの奴、などと確認しながら、ガラス壜に放り込んでゆくのである。
 さすがに数は少ないが、私が高校生だったころの奴なんてのが出てきて、感じ入る。このクラスになると、沼の主の大ナマズがふいに顔を出したようなもので、なんだか敬礼したくなる。

 間引き仕分けには興味あっても、貯金には興味ないので、貯める気はない。気紛れに、今日一日は昭和の硬貨だけで買物しようと思いたつ日もある。小銭入れから平成・令和を一時追出し、昭和戦士だけを詰めこんでスーパーへ。
 レジではいつもどおりに、請求ちょうどを支払おうと、あれこれ小銭をいじくりまわす。が、今日はただの小銭ではないのだぞっ。よもや店員さんは、気づくはずもなかろう。
 いい気分である。