一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

一服

 起床後ただちにおこなうこと。窓開け、体重測定、下着を着けて靴下を履く。検温、血圧測定、反故を定型に折ってクリップした専用メモ用紙に、数値と睡眠時間を記入する。表やグラフに転記するのは週に一度か二度だ。で、服を着てデスクに。メールチェックしながら一服。天候・体調・気分により、本日の第一食前作業を考えたりするのだが、このときの一服はじつに旨い。

 今日の睡眠は十四時間だった。日常六時間睡眠を一単位としているが、昨日徹夜だったので、こうなった。
 老人性不眠症とでもいうか、睡魔が都合よくは襲ってこない。妙な時間に眠くなることがあって、仕事中のパソコン前や食事片づけ後の台所や、時には喫茶店などで、十五分三十分うたた寝してしまうと、あとはずっと眠くならない。そのまま翌日作業に突入してしまって、かくてはならじと無理にも就寝すると、失地挽回とばかりに、二日分眠ることになる。
 これに深夜読書型という学生時代以来の悪癖が重なって、ついつい生活不規則となるわけだ。来訪・来電のかたにご不便をおかけするし、ゴミ出しに不都合も生じる。

 ときに大橋巨泉さんは、あるインタビューに応えて、禁煙したいきさつをこう語っておられた。――朝の一服は旨い。朝食後の一服も旨い。身繕いを了えて、さて出掛けようかと思いつつシガレットケースに手が伸びる。今俺は本当に喫いたいだろうかと考える。そうでもない。車を運転して仕事場へ。赤信号で待たされる。つい手がシガレットケースへ。今俺は本当に喫いたいだろうか。そうでもない。台本を手に打合せ。つい手がシガレットケースへ。今俺は……。昼食後の一服、これは旨い。次の現場へ。つい手が……。今俺は……。タバコ一本々々にこう自問していったところ、一日三本か五本のじつに旨いタバコを喫いたくて、何十本も消費してきたのだと気づいた。これは愚かしいと痛感して、禁煙した、と。
 リサーチの趣旨ごもっとも。結果データにも共感できる。結論だけが、私と異なる。私は愚かしいことに寛容なのである。それどころか、ものぐさ・ずぼらを、愛しているのである。

 巨泉さんは別のあるとき、こうもおっしゃってた。巨泉という芸名の由来は、早稲田大学の俳句サークルに在籍中の俳号だそうだが、当時俳句には自信満々だった。ところが後輩に寺山修司が入ってきた。これが凄い。目も覚めるような句を連発する。なるほど、俳句で勝負できる奴ってのは、こういう奴のことかと痛感して、俳句をやめたそうだ。
 これもうまくできた噺だが、私なら、そこで俳句をやめたりはしない。