一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

 デジタルカメラというものに、生れて初めて触っている。

 定年退職を機に、考えついた遊び・暇つぶしのひとつに、句を捨てるというものがある。放っておいても、日々どんどん忘れてゆくわけだが、どうせ捨てるのなら、屑籠に投げるよりも、ブログに捨ててみてはどうかと、思いついたわけだ。となると、携帯もスマホも持ったことない身には、せめてデジカメが必要となるらしい。

 カメラ類については、五年ほど前だったか、すべて下取り業者に出した。断捨離事始めのつもりだった。私が使っていたのは、カメラらしいカメラ一台と、当時ウマシカナニガシと称ばれたオートフォーカス二台の三機種のみ。だが死んだ父は、なにが愉しいのかニコンばかり五機種も六機種も所持していた。父歿後も、私は一度も使ったことがない。それらを交換レンズも含めて、みんな出した。残ったのは、その時うっかり出し忘れた双眼鏡一台きりである。

 今となっては自分でも不思議だが、以前は私にも、カメラを手にした時代があった。ご先代のころから懇意にしていただいていた、近所の「弥生スタジオ」さんにDPEをお願いしながら、撮影技術やフィルムについて、教えていただいたりもした。
 履歴書写真やパスポート写真は、ごちゃごちゃ荷物の多い二階の狭苦しいスタジオで、ご先代に撮っていただいた。だが時代の波というのか、二代目の若に代ったころから、なんとなく店に元気がなくなってゆき、やがて廃業してしまわれた。
 それが大きかったのか。どういうものかそのころから、私もカメラを手にしなくなった。

 で、久かたぶりに手に執ったカメラが、このデジカメである。かねて存じ寄りの若者から、お安く譲っていただいた。普段日常のひと齣ならスマホ撮影で足りる時代。めっきり使用頻度が落ちた、との口上だった。渡りに船とはこのことか。じつに、ありがたい。
 第一感、小型なのにカチンとして重い。当然だ。超ハイテク部品が詰っているのであって、フィルムスペースががらんどうになっているわけではない。
 第二感、スイッチボタンがどれも小さく、いかにも精巧そうだ。案の定、手ほどきを受けながらも、私の手や指は、触れてはならぬスイッチに触れてしまうこと数度。イケネッ、を連発。
 思えば、小型機械と称べるものに触れるのは、どれくらいぶりであろうか。冷蔵庫や電子レンジの開閉は、機械に触れると云うには当るまい。炊飯器や扇風機のスイッチも。となると、私はもう何年も、自転車(名を次郎と申します)より小さい機械を手入れしたことなどないのである。

 教わった使用説明はいずれも筋道とおって理路整然。深く納得。パソコンにデータを送り込んで、ブログを開いて…と、ひととおり教わった。
 夜半、ひとりで行動開始する。アレッ出てこない。ヨシッ始めから。ここであの画面を呼出すんだが、どこをクリックだったかナ、いや右クリックか…。おやっ、出来てる。というより出来ちゃった。かくして、一枚目の画像が挙った。
 しかしどのような道筋で、なぜ挙ったものか、もうひとつ得心がゆかない。二枚目は、一枚目より時間短縮できた。が、明らかに異なる道筋で画像が挙ったのである。

 「言うてきかせ やって見せては やらせてみ 誉めてやらねば 人は動かじ」
 たしか東郷平八郎の言葉と、聴いた気がする。
 お言葉ではございますが元帥閣下、盲滅法体当りってのも、これはこれで乙なもんですぜ。