一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

下劣

 自分に発破を掛けたいとき、マックスラックス(MAX LUX)のライブ映像を観る。二人のロシア人女性アリシアとラーナ、清純派ヴォーカリストとセクシー・ロックンローラーによるユニットだ。オリジナル曲もあるが、オールディーズを多く歌って、私でも理解できる。
 以前はマックスラグジュアリ(MAX LUXURY)として、三人ユニットだったが、ダイナマイト・パワーのオリガが脱けて、近年は二人で活動している。
 六本木・赤坂界隈のライブ映像が多いようだが、音楽の色合いも、いわば六本木地場音楽だ。ざっくり申せば、アン・ルイスから荻野目洋子への流れを、現代に蘇らせた傾向とでも云おうか。


 現在のことは知らない。私の知る時代には、六本木で受けても新宿では受けなかったり、逆に新宿で大人気でも六本木では通用しなかったり、夜の美意識にも微妙な相違があった。これからそれへと住替えするホステスさんやゲイボーイさんらは、メイクも衣装も変えたものだった。
 視た眼に美しいばかりで、内容空疎なものや、人間臭に欠けるものは、新宿ではすぐ頭打ちになる。が六本木では、この世との臍の緒を完全に断ち切って、たとえ人工的だろうが、まがい物っぽかろうが、ファンタジーが成立していなければならない。キレイなだけでは生きてゆけない新宿と、キレイでなければ生きてゆけない六本木だった。
 くり返すが、今は知らない。六本木といっても、瀬里奈という肉料理屋のまん前にあった商業ビルの、五階までがすべてディスコで、六階が当時東京一のゲイクラブ「ピープル」。そこでは眼の醒めるような洒落たショウを毎月出していた、そんな時代のことだ。
 ディスコがクラブと称ばれるようになり、ゲイボーイたちがニューハーフと称ばれるようになり、芸能人や外国人が大っぴらに闊歩するようになってからの六本木を、私は知らない。

 さて、マックスラックス。アリシアは、在日外国人枠のロシア人代表として民放テレビ番組に出演したり、舞台での芝居に出演したりして、芸能界全般に興味ある人に見えるけれども、彼女らのユーチューブチャンネルでは、できることならば音楽だけを、と云っている。ラーナにいたっては、音楽以外に手を出したい分野があるのかどうかさえ不明だ。それほどに、二人は音楽っ娘なのだろう。

 まだ三人娘だった時代は、歌唱パートでは、アリシアがセンターマイクで主旋律を担当する曲が多かったし、両脇の二人よりほんの少し小柄で、顔立ちも衣装も清純そうで、ひと口に云って日本人好み。ファンも多かったことだろう。
 だが私はそのころから、ラーナを中心に観てきた。とにかくセクシーで、大人っぽい。しかも清純派歌姫アリシアとは違って、ちょっと危ない、ふっ切れた不良ロックンローラーの匂いがする。とはいえ、ノースリーブ衣装で彼女がヘ~イと腕を突上げでもしようものなら、あっ、今ラーナの腋の下が……巻戻してストップモーション
 エロジジイ全開、みずから認める、もっとも下劣なラーナ・ファンの一人である。それでも、彼女のファンだ。それが証拠には、似た場面に遭遇しても、アリシアやオリガの腋を覗き込む気には、一度もなったことがない。

 日本で活動できてラッキーだったと、彼女らは口を揃える。社交辞令として噺三分の一に聴いておくとしても、ちょうどこの娘たちが育ったソ連崩壊直後ころの、ロシアからのニュース映像を、私はよく憶えている。スーパーに行列したところで、棚は空っぽ。食糧備蓄といっても、家庭には小麦粉以外なにもない。
 「ママ、おなか空いたね」
 「もう少しお待ち、じきにパンが焼けるからね」
 そんな台詞があったかもしれぬ娘たちである。美しく育って、ほんとうによかった。