一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

貧しい

 久かたぶりに作った肉じゃがが、思いのほかまともに出来たのに味を占めて、もう一度作ってやれと、思いたった。作り置いた分を食べ了えたし、いただき物のじゃが芋と玉ねぎが、まだふんだんに残っていたからだ。豚小間と人参と白滝とを買込み、さて明日は、などと心づもりしていた。

 食材を冷蔵庫で一夜過させたあいだに、我が脳味噌まで冷凍させてしまったらしい。翌日、台所に立ったとき、芋と人参の切りかたや、出汁と調味料の加減にばかり気を取られていたのだろう。灰汁取りを済ませて仕上げの煮込みも完璧。火を止めて、あとは落し蓋をしたまま、ゆっくり冷ませばきっと上出来と、にんまりしたい気分で冷蔵庫を開けると、最上段の棚に、白滝の袋がそのままになっていた。

 頻繁に使い慣れた食材ではない。どうしたものか。
 二日ほど経って、作り置き肉じゃがが残り半分になったのを視はからって、ヒジキ煮を作ることにした。私のヒジキ煮は、ごくあたり前の味付けだが、具材の量が多い。スーパーの大豆水煮を一袋丸ごと、それに人参と竹輪を細く刻んでたっぷり。要するに名こそヒジキ煮だけれども、ヒジキ風味で諸材をごった煮にする感じで炊く。甘辛を濃い目にすれば、白飯にぶっかけて「ひじき丼」にしても美味い。老人の食卓には格好の、バランス食となる。
 そこへ今回は、白滝を一袋、ぶち込んでしまおうというわけである。
 窮余の、しかも初めての試みで、鍋のそばを離れずに注視せねばならなかったものの、おおむね結果オーライだった。

 が、今申したきはそのことではない。鍋のそばを離れずに手持無沙汰でいたときに、ラジオから流れてきた、お若い主婦リスナーの発言についてだ。
 有名漫才コンビ冠番組で、トークとリスナー投稿と競馬実況とを搦めた企画なのだが、お二人と女性アナウンサーとゲスト出演者とが、四者四様に着順予想を披露する。本命馬券から単穴・大穴と、四択が設定されるわけだ。電話参加のリスナーは誰の予想に乗るかを選択する。で、レース実況。当れば配当金相当の賞金が受取れる仕組みだ。

 さて、その日はお若い主婦リスナー。どう考えてもその目だけはなかろうという、大穴に張ってきた。
 「なんでそんなに大金を狙うのよぉ」
 コンビから突込み的な質問。当然だ。
 「食費の穴埋めです。旦那からカードを取上げられてしまったんで」
 訊けば、コロナ禍の昨今、昼食はウーバーイーツで取寄せるという。月十万円ほどのカード支払いがご亭主の眼に触れたという。
 「昼飯で十万にはならねえだろう、なにを何回食べたらそうなるのさ」
 「なりますよ、ほぼ毎日ですし、デザートまで取っちゃうと、軽く三千四千には。ま、ナンバー登録しちゃってあるんで、カードなくても注文できちゃうんですけどね」
 「明細視れば、旦那にバレるじゃねえか」

 ヤラセとまではゆかずとも、番組効果を考えて、盛りに盛った噺なのだろうか。それとも実際にこういう、お若い奥さんが、いらっしゃるのだろうか。
 鍋の前に立ち尽して、しばし茫然たる思いだった。自分で感じているより数段、私は貧しいのかもしれない。
 もし私が、禁煙するとしたら、理由は健康のためでも周囲への配慮のためでもなく、生活費削減のためである。