一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

そんなところ

 鉄道愛好家ではないし、写真趣味もないから、大きなお世話と云われればそれまでだが、あの撮り鉄と称ばれるかたがたって、本当に鉄道ファンなのだろうか。

 埼玉スーパーアリーナでのこと。わがレッドウェーブにとっては、今シーズンのセミファイナルに残れるか否かの、大事な一戦だった。予約開始日の朝にメールを入れて、なんたる幸運か、ベンチ向うのコートサイド最前列のチケットを抑えることができた。選手の汗が飛んでくる席だ。楽しみに家を出た。
 試合開始三十分前には、まず席へ行く。席からサイドラインまでの距離とか、ベンチや選手入退場口への見晴しなど、ロケーションを視ておきたい。選手が早めにコートインしていたら、相手チームも含めて、練習の模様も視ておきたい。
 確認できたら、いったん席を外して、試合開始五分前に再入場すればよい。

 その日は、もう両脇の席に先客があった。左隣は観戦慣れした感じの三十代カップルで、まずひと安心。右隣はショートカットの女子高校生に見えるが、実際は二十歳くらいか。若者の齢には、まったく見当がつかなくなって久しい。それにしても、よくこの席のチケットが取れたものだ。
 ベンチ対面の最前列やベンチ裏は、一般販売の開始前に関係者に抑えられてしまうから、普通は入手がむずかしい。今回の私は、強運だったのだ。

 「よくいらっしゃいますか」挨拶代りに声を掛ける。変なジジイが隣に来たと、気詰まりな思いをさせてはかわいそうだから。
 「関東での試合はたいてい」
 やはり太いパイプをもった保護者アリか。関東開催のSS席など、そうそう取れるものではない。レッドウェーブがアウェイとなる地方開催であれば、かなり取れる。私も座間と秦野と、新潟と名古屋では、満足のゆく席を抑えられた。

 少女は膝に乗せていた鞄から、大事そうにカメラを取出した。十五センチもズームレンズが伸び出すような、本格的なものだ。私はかすかに鼻白まざるをえなかった。
 果せるかな、選手たちがコートインして練習開始するや、少女はファインダーをのぞき、シャッターを切り始めた。その方向を窺うと、どうやら町田瑠唯ひとりを追いかけているらしい。ルイ・ファンであることは結構だけれども、果してバスケ・ファンなのだろうか。チームを応援する気は、おありなのだろうか。

 ウォーミングアップに熱が入って来たところで、左隣のカップルのうちの女性のほうも、スマホ・カメラで選手を追いかけ始めた。ブルータス、お前もかっ。もはやこれまで。私は席を離れた。

 向こう側、ベンチ後方のスタンド最上段へ移動。自由席だが、むろん空席はない。立ち見だ。しかしここには、バスケ・ファンでむせ返る空気があった。チーム所属のチアリーダーたちも、気合いが入っていた。
 はるか前方、コートを越えた向こうの最前列では、さっきまで私がいた席が、試合開始後も空席のままだった。隣の障害物がなくなって、少女は存分に撮影できたことだろう。試合も前半が終ろうかというころになって、あのお爺さん、どうしたんだろう、とでもいうように、二度三度チーム指定席のほうを振返ったりしている。
 そんなところにゃあ、いねえよ。
 カップルのほうの女性は、SS席に空きがあっては見苦しいとでも思ったのだろうか、ハンドバッグを空席に置いたりしている。

 チーム公式サイトにも、協会チャンネルにも、決定的瞬間の写真はいくらでも上る。あなたたちに撮れるとは思えない。だいいちナイスプレーに拍手もせず歓声も上げない人に、決定的瞬間が見えるとは、どうしても思えない。

 撮り鉄については、じつは何も知らない。だが少なくとも撮りバスを、バスケ・ファンとは認めない。