一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

判断ミス

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 今朝がた、地中も異様に暑かったのだろうか。ミミズの行倒れがひどい。

 道路から木戸まで、拙宅敷地前にちょいとしたコンクリート空間がある。車を所有したこともないくせに、いっちょ前に駐車空間があるのだ。
 木戸を一歩入れば、私のずぼら空間。玄関周りのわずかな土面は、植物主導の領域だが、梅雨前の毎朝十五分作業にて草むしりを頑張ったものの、このところは暑さで怠け放題。ドクダミが復活してくるわ、ネコジャラシが穂を出してくるわ、むくつけき草藪状態となり果てている。ヤブガラシだけは、圧倒的速度で成長するうえに花まで着けやがるので、眼に付くたびに即刻抜取るよう心掛けてはいるが、なかなか追着くものではない。
 拙宅ご来訪のかたがたには、藪蚊が舞わぬ時間帯を見計らっていただくほかはない。

 かねがね草むしりの後は、数日干し上げて絶命させ、埋め戻して土に還してきたから、地中生物や微生物たちにとっては、拙宅は近所にも稀な、優良環境のはずだ。そういう穴掘りのさいにも、ミミズは土壌循環の千両役者であるとの理由から尊重してきた。
 しかしミミズたちもさすがに、この暑さに耐えかねたのだろうか。それとも環境が整い過ぎて過剰繁殖となり、ミツバチの分封のごとく、新たな巣へと分家運動を始めたものだろうか。ミミズの亡骸を眼にするのは日常のことながら、わずか車一台を停めるだけのコンクリート面に、数えてみれば十四匹もの亡骸および瀕死体。いささか常軌を逸している。

 勇敢な、もしくは已むに已まれぬ事情で住処を移さねばならぬ仕儀となったミミズたちのうち、ブロック塀に沿って拙宅裏手方向へと移動したものは、新天地を開拓できたのかもしれない。いや、そこには先住ミミズも多かろうし、他の生物もいるだろうから、容易ではなかろうが、少なくとも、即日干からびる運命とはならなかったろう。
 このコンクリート砂漠の彼方にも、きっと快適な土壌世界があるはずと、致命的判断ミスを犯した十四匹があったわけだ。だがそこは、地中の楽園とは違う。獰猛なアリンコたちが跋扈する地平だったのである。

 亡骸の幾体かにはすでにアリが群がって、解体作業を開始していた。手付かずの亡骸もあり、瀕死状態ながらまだ動いているのに、早くもアリたちに取囲まれているものもある。すでに胴なかを食いちぎられて、上下ふたつに分けられた亡骸もある。
 普段公園で視かけるような、また小学理科のアリの巣観察に登場するような、中型・大型のクロアリではない。奴らは大きくても、気性には大らかなところがある。ミミズの亡骸を解体するのは、イエヒメアリかその仲間、つまり超小型のアカアリである。日頃からウヨウヨと活発に活動しているのに、あまりに小さいため人間に気付かれることがほとんどない奴らだ。よくよく注視しないかぎり、大雑把で粗っぽい人間の視野になど、捉えられない。
 砂漠で命を落した駱駝の亡骸を、白骨だけの姿にして砂漠を掃除してしまう連中と、近い種類の奴らだ。

 まだかろうじて息のあるミミズを、助けるべきだろうか。いやそれは、アリたちに失礼だろうか。それよりなにより、自然に対して越権行為だろうか。
 汝が性の拙きを泣け。芭蕉翁に倣うべきだろうか。
 しばらく考え込んだ。朝方の気温は、分刻みで上ってくる。冷水シャワーを浴びたくなってきた。その後は、五十キロ競歩のライブを観たいのだ。
 結局は、なにも手をくださなかった。