一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

残暑

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 午前、散髪屋。珍しくも明日、来訪者予定。ゴミ屋敷状態は今さら間に合わぬとしても、せめて髪くらいは。
 マスターは噺上手。ご近所のワクチン接種状況、パラリンピックの話題選手、道路拡幅計画に伴って不動産関連の大手各社が盛んに近隣を徘徊している様子など、私の知らぬことばかり。浮世床とは、よく云ったもの。
 理容師さんにも、業界ぐるみでの集団接種の順番が回ってきたそうな。医療・介護関連の次に優先されてもいゝ職種のように思うが、そうでもないらしい。都庁舎の高層展望階が接種会場とのこと。まず入舎時に、次にエレベーター行列の順番決めに、降りてからも行列決めになど、合せて五回も証明書類をチェックされるという。
 「ほんの五メートル先に次のチェックポイントがあるんですよ。どうにかならんもんでしょうかねえ」
 「へーぇ、冷凍庫のコンセントが抜けてたなんてことは、何件もあるくせにねえ」

 頭は丸刈りだし、コロナ禍で顔を当らないから、手早く終る。お母さん(ご先代夫人)が、麦茶とお菓子を出してくださる。ひとしきり。まだ不整脈が完全には収まらず、近ぢか心エコー検査だという。覚えあり。私とは、以前の病院仲間だ。
 ティーバック方式の簡単麦茶を愛用しているのは、小生と同志。伊藤園よりセイユーのほうが渋みが強く、コクがあるとの、耳よりな情報をゲットした。

 頭さっぱりしたところで、少し歩こうか。神社境内に人影はない。広いともいえぬ境内だが、こゝに土を盛り土俵をこしらえて「わんぱく相撲大会」をやったなんて、信じられない。線路向うの小学校にも、強い奴がいたっけ。
 絵馬がたわわに掛る柵の隣りに、風鈴の柵が。当節こういうものも奉納するのか。絵馬といゝ風鈴といゝ、要するに家内健康と合格祈願とコロナ収束。ご近所にこの程度の祈願しか見当らぬことは、佳きことではないだろうか。
 気づけば、セミの声がない。季節が過ぎたのだろうか、それとも午前だからか。午後暑くなったころに、もう一度来てみるか、という気になる。

 ロッテリアに入る。かつてこゝはマクドナルドだった。「マック」と、池袋へ出て「タカセ」と、本郷三丁目まで足を伸ばして「麦」との三点をハシゴして仕事をした時代があった。肩掛け鞄に、本やら辞書やら帳面やら筆記具やら、いつも何をあんなに詰め込んでいたのだろうか。
 「麦」のカツサンドは美味かった。
 今、ロッテリアの座席はアクリルボードで仕切られているが、とにかく寒い。避暑を兼ねて長居する客を牽制しているのか。それでも受験参考書首っぴきで、勉強に夢中の若者たちがいる。俺は、まじめな受験生ではなかったなと、ふと思う。

 堪らず、四十分ほどでロッテリアを出て、カボチャとキュウリを買って、ひとまず帰宅。帰ってみれば、当然ながら暑い。やはり冷房は必要だろうか。シャワーを浴びに風呂場へ。壁にクモがいるが、お前に対して敵意はない。

 台所で出汁をとる。夜、カボチャを炊くつもりなので、それまで冷ましておく。午後になった。もう一度、散歩。丸刈りは気持ちいゝ。神社では、なあんだ、鳴いているじゃないか。盛りの時期とは比ぶべくもないが。
 この社のボスである茶トラの姿が見えない。定席の石階段の温度が、高過ぎるのだろう。まだ暑過ぎるような、確実に秋のような、なるほど、残暑か。
 もう一度、ロッテリアに入ってみようか、という気になった。