一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

憧れ

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2021.3.17.番組動画より、無断でいただきました。

 熱烈かつ冷静な鉄道マニアの青年が発信し続けている、ユーチューブ番組「謎のちゃんねる」に、惹きつけられている。
 鉄道マニアの動画は、私なんぞには見当もつかぬほど数多いのだろうが、この番組はとにかく質が高く、毎回安心して愉しませてもらっている。

1)映像・音声が鮮明だ。無駄をはぶき尽した編集で、テンポが小気味よい。
2)車窓の風景や車輛の紹介は、鉄道旅行マニアであれば当然として、路線による走行音の違いや、走行技術の違い。各駅の風物や構内アナウンス・車内アナウンスの特色を、この人は視逃さない。路線の歴史なども手際よく紹介してくれる。つまり緻密で明るいのだ。
 加えて、この番組の特長として。
3)台本がしっかりしている。字幕にも「読み・語り」にも、誤字や語法上の誤りが、ほとんどない。たいした文才だ。

 各人の趣味・関心を披露すべく、だれもが番組発信できるユーチューブ文化を好ましいものと思いはするものの、お手軽さが仇となって、未熟もしくは誤った日本語が大手を振って氾濫する現状を、日々嘆かわしく感じている。
 既存の放送メディアの形骸化した側面を批判することは、おゝいによろしかろう。が、放送マンたちが受けてきた日本語の訓練を、軽く視てはなるまい。局や業界に蓄積されてきた知識やノウハウも、侮ってはなるまい。訓練された日本語と野放しの日本語とは、断然異なるという側面を閑却していると、そのうち取返しのつかぬ事態となるのではないかと、危惧している。
 「謎のちゃんねる」は、若者がよくこれだけの台本を書いたものと、舌を巻く。また自身でよくここまで語れたものと、感心もする。

4)企画(着眼)にユーモアが効いている。
 登山ケーブルカーの最高速度が3,2キロと聴いて、駆けっこで追抜いて次の駅に先着する試み。普通列車で特急に追いつく試み。併設路線を乗り較べる試み。乗換え所要時間を考える試み。いずれも時刻表ミステリーのトリック検証さながらだが、実行されてみると、じつに興味深い実態やら地方的特色やらが垣間視られる。
 かつて栄えたものゝ今や廃線直前の路線はどうなっているか。東海道本線の本当の終点はどうなっているか。作者の着想には、つねに鉄道愛とともに、歴史への哀惜と人間愛がみなぎっている。

 静岡から名古屋まで、新幹線で最短なら四十三分で行けるところを、六時間二十分かけて旅した番組(2021.3.17)がある。
 静岡から特急富士川甲府へ。途中の富士駅スイッチバックするため、発車時は座席が進行逆向きだ。富士駅からは身延線の線路を走るが、静岡発からこの間に、どれだけの方角から富士山を眺められることか。
 甲府から特急あずさで塩尻へ。車内アナウンスが変り、車窓の景色が変る。一九八三年にトンネル開通して短絡中央東線となり、伝統ある乗換駅辰野が主要線から外れた歴史が回想される。
 塩尻から特急信濃で名古屋へ。塩尻・中津川間はカーブが多く、今もダイナミックな振り子装置による走行。中京圏に入ると、発車合図のベル音も変る。

 六時間あまりの旅で、じつにさまざまなものが見えた。陽もとっぷりと暮れた。いかに若者とはいえ、カメラ片手に、観るべきものを視逃さぬよう気配りの旅。疲れもひとしおだろう。かねてより目星の店で、熱いきし麺を掻っ込むのを楽しみにして移動してきた。エンディングは、いそいそとその店へ。と、
 ――なんだ、休みかよ。
 ――とても面白い旅ですから、皆さんもぜひ一度、お試しになってください。

 だれが試すかっ! しかし、ちょいと憧れる。