一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

するねい!

f:id:westgoing:20211115224458j:plain


 ご近所の奥様から、殻付きの牡蠣をいたゞいた。こんな立派なものを手にするのは、何十年ぶりだろうか。

 三陸の牡蠣。岩手県山田町から到来物のお裾分けとのこと。山田町といえば、宮古市のすぐ南。かの津波災害では、住いや加工場や船や漁具どころか、港から漁場・養殖場まで、根こそぎ喪失してしまった地域と伺った。
 復興にどれほど絶望的な労力と歳月とを要したことか、見当もつかない。無我夢中の復興努力の甲斐あって、不本意ながらもほんのわずかの再生養殖場から、こんな牡蠣がずっしり引揚げられてきたときは、さて、どんなお気持ちだったことだろうか。持ち重りから感じ取れゝばと、一瞬思ってはみたものゝ、しょせん私には叶わぬことだった。

 くださった奥様のご主人は、国の機関から派遣されて現地赴任した復興担当官で、ご一緒された奥様はもともと諸芸百般のかただったこともあって、移動図書館のボランティア活動を皮切りに、地域の婦人たちの集いや子どもたちへの支援など、多彩な取組みに何年にもわたって明け暮れなさった。岩手・宮城・福島と住替え、もう東京へは戻られないのではとすら、私などは思ったほどだった。

 東京へ戻られたご夫妻には、東北三県にさぞや数え切れぬ思い出がおありだろうし、今に続く幾多の人びととの絆がおありのことだろう。渦中で積まれた徳が、今もこうして現地からの便りとして届き、そのお裾分けが、私の掌に今あるというわけだ。

 私は出張を伴う会社員だった時期もあり、年ごとに開催地が変る全国規模の学会に属していた時期もあったりで、比較的多くの地方へ出向いたほうだが、運というか巡り合せというか、岩手県とは縁がなかった。ようやく一昨年、運が訪れた。
 お若い友人が、花巻で結婚式を挙げられるという。新郎新婦ともが、かつて私の教室に在籍したとのことで、お声掛りとあればお断りすることもできない。しかも花巻、岩手県である。

 晴れの日の前後に、酔狂な旅日程を組んだ。新幹線にて新花巻駅に着いたが、在来線花巻駅へ移動してぶらぶらしてから前泊。晴れの日は式場ホテルで一泊。さらに翌日は遠野まで足を延ばしてもう一泊、という目論見だった。
 書物を通じて、柳田国男からはどれだけ教わってきたか知れない。入口は多くのかたと同様『遠野物語』だ。生きているあいだに一度は訪れたき地のひとつが遠野だった。

 もっとも実際の遠野は、『遠野物語』から軽々に想像してしまいがちな規模より遥かに広い街だとは承知している。一泊程度で回りきれるはずもない。が、私には望みがひとつあった。『遠野物語』ゆかりの地すべてを網羅するなど望むべくもないとして、どうしても入手したい物があった。「河童捕獲許可証」だ。
 沼の畔の草陰に佇んで、夕刻か早朝、もし河童が出てきたら、捕まえてもいゝという、資格証明書である。
 じつは市のホームページへアクセスすれば、観光局から通販で買える。が、それではいけない。市役所なり出張所の土産物屋なり、然るべきところで支給されねば価値がない。面白くもない。ついに長年の願望を果す機会がやって来た。若いお二人の門出をお祝いかたがた入手した「許可証」であれば、なおさらご利益満点に違いない。

 我が半生の悔いのひとつは、履歴書の<特技・資格><賞罰>欄に記入する事項がなにもないことだった。自動車普通免許すらない。近年その機会もなくなったが、かつて履歴書を書く機会があったころ、我が履歴書を眺めては、なんとまあ味気ない、詰らぬ人生だったことかと慨嘆したものだった。
 東京へ戻ったら文房具店へと走り、用紙を買って、提出の宛などなくとも書いてみるか。資格:河童捕獲許可証保持者。悪くない。

 自慢にはならぬが、かといって恥とも思わぬが、私はこれまで、目論見が思いどおりに実現した経験の一度もない男だ。
 仲間の一人が健康を害したと聴いていたから、念のためホテルからもう一人の仲間に電話を入れてみた。内心は高を括っていて、明日こそ「許可証」を手に入れるつもりと抱負を告げる気でいたのだった。
 明日、入院・手術だという。予断を許さぬ事態かもしれぬから、すぐ帰って来いと命令されてしまった。またかよと思いながら、遠野に予約していた宿へ電話。直前キャンセルだから、当然キャンセル料が発生する。請求書の宛先を告げた。
 私は今も、無資格者である。生きているあいだに、遠野へはきっと行く所存。

 牡蠣ですか? もちろん、美味しくいたゞきましたとも。よく殻が剥けましたね、だって? 馬鹿にするねい! 牡蠣の殻剥きに、許可証はいらねえんだい!

f:id:westgoing:20211115224616j:plain