一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

しおり

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チョコレート効果(左から)カカオ72%、カカオ86%

 なんでぇ、またチョコレートかいッ! いゝえ、先だってのは森永製菓さんでして。これは明治製菓さんになります、はい。

 森永さんでは「ワインに合うチョコレート」とのコンセプトでお洒落路線だったが、明治さんでは「美と健康を考えた、高カカオポリフェノール」がコンセプト。「毎日コツコツ朝から健康」というコピーで、キャンペーンを展開中。チョコレートを習慣的に食べ続けることによる健康増進を謳っている。

 カカオ72%(15ピース)一枚当りカカオポリフェノール127ミリグラム
 カカオ86%(14ピース)       〃      147ミリグラム

 ひと粒(メーカーがおっしゃる1ピース)の形状は、森永がほゞ正方形に近く、明治は小さな正方形が二つ並んだ長方形。森永は紙折り包装で、明治はプラスチック紙の小袋包装。形状・包装とも、お洒落感は断然、森永がでかしている。

 たゞし明治の細長い長方形にはわけがある。歯でカリンッを噛み割るときの歯応えは、森永よりはるかに明治が硬い。で、割りやすいように中央に溝が切ってある。つまりこゝから割って、小正方形にして、ふた口で召上れと、云っているのだ。
 わざわざ硬く仕上げて、歯で割らせる。お若い女性がたはどう感じるか知らぬが、年寄りにはポイント高い。板チョコとは歯で割って、かじるものなのだ。

 加えて、明治の硬さは、健康志向のユーザーをターゲットにしている。各粒の小袋には「カカオポリフェノール・ライブラリー」なる豆知識が微小な文字で印刷されていて、内容は五~六種類もあろうか。つまりひと箱に同文の粒は二個か、せいぜい三個しかない。幾種類か拾ってみると、
 「カカオポリフェの―ルが多いチョコレートは、苦味と渋みが特徴です」
 「カカオ豆のポリフェノール量は、産地、発酵条件、製法によって異なります」
 「カカオポリフェノールの一部には、エピカテキンが含まれています」
 「カカオポリフェノールは体にとどめておけません。コツコツッ食べるのがおすすめです」

 つまりだ。健康増進は甘ったるいもんじゃないぞ、軟らかいもんでもないぞと、云っている。高い志をもって、気を引締めて、毎日明治製菓のチョコレートを食べるのだぞ。よいか、解ったか、と諭しているわけだ。
 これを身勝手で図々しい自己主張ととるか、ユーモラスなコンセプト表明ととるかは、意見の分れるところだろうが、私はすこぶる気に入った。それでこそ、幼児が食べ過ぎると鼻血が出るかもしれぬ、チョコレートというものである。

 デザイン包装、形状と硬さ、訴求コンセプト。さてもっとも大切な、味である。
 が、無念なるかな。吾、老いたり。数日前の、森永の味を細かには思い出せない。しからば明治を食べ了えたら、再び森永を買いに走るか。いやいや、それはいたすまいぞ。

 吉野山 こぞのしをりの 道かへて まだ見ぬかたの 花をたづねむ

 西行の歌、我がベストテンから、外したことのない一首だ。生涯こよなく桜を愛したこの男は、いつまでたっても自分に納得がゆかぬ、野心的求道者だった。
 しも千本なか千本かみ千本、それに奥千本。花どきの吉野山は、数え切れぬ桜花に全山びっしり覆われる。去年と同じ花を観るのでは味気ない。で、道の分岐点に差掛ると、歩いた道の目印に、そっと枝を一本折っておく。枝折、本に挟む栞(しおり)の語源。
 さて花の時期。去年折った枝を眼にしたら、今年は別の道を行こうというのである。

 だいぶ昔に、登りかけて早々に放棄したまゝになっていたチョコ山の、いまだ一合目にすら届かぬ、森永と明治だけではないか。まだ見ぬかたの花をたづねむ。