一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

有之候

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 『江古田文学』第108号が、近日書店に出る。編集部が日本大学藝術学部文芸学科内にある文芸雑誌だ。今号は、同誌が主催して第二十回を数える江古田文学賞の、今年度受賞作発表号だ。
 一般公募の文学賞だから、藝術学部はおろか日本大学とすら無縁の応募者からも多数の小説・評論が寄せられる。新人賞ではあるが、年齢制限はない。最終候補作や二次選考通過作にまで遡ると、七十歳代の書き手も数人混じる。
 が、今回の受賞作二篇は、いずれも若者作者による作品。シニア作者がたは、残念ながらあと一歩の結果だった。

 併せて今年から、江古田文学賞高校生部門が発足して、こちらの第一回受賞作も発表されている。
 さらに併せて、日常的に編集部へ寄せられる作品から、若手(と思しき)作者による二篇も掲載されている。
 結果として、小説というジャンルはすでに役割を了えただの、ライトノヴェルケータイ小説しか生残れないだの、文学よりはドキュメンタリーの時代だのと、云われて久しい現代にも、文芸の形で何事かを為そうとする若者たちがいて、こんなことを考えているという模様を、ありありと伝える一冊となっている。

 ところで日本大学藝術学部は創設百周年に当るそうで、今号の特集はもうひとつ、三十名にものぼる関係者による文章や写真が、ずらり満載のおもむきで並んでいる。
 目次をパラパラ眺めると、長老がたによる歴史回顧や思い出噺あり、ただ今現在の大学院生による直近の現場報告あり、多彩だ。
 私ごときにとっても、懐かしい噺と未知の耳寄りな噺のゴッタ煮である。こういう特集が、多くの読者からどの程度の関心を呼ぶものか計りがたいが、時を経て、貴重な証言資料となる可能性もおろそかにはできない。
 また現役学生諸君や、これからの日藝を視野に置いている受験生およびその保護者さまがたにとっては、またとない大学案内ともなっていよう。

 噺もどって江古田文学賞だが、予選から最終まで四名の選考委員によって熟慮検討された。有名文芸批評家、有名小説家、同誌編集長でもある若手文芸批評家の三名。それになぜか、とび抜けて最年長の、無職の爺さんが一人、加わっている。説明不可能だ。
 若者作者たちの活きの好さを、おゝいに味わっていたゞきたい一冊なのではあるが、お手にお取りくださった読者さまに対して、はなはだ申しわけなき仕儀が一点だけ有之候。私の選評も載っている。