一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

ひと粒論

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 ラッキョウ漬を切らせたので、銭湯からの帰りに買物。梅干と、ニンニクのシソカツオ漬と、ラッキョウ漬は、同じ棚に並ぶ商品だが、いずれもサミットで買うことにしている。今日はラッキョウ漬だけ。一袋213円(税込)。小鉢に移すさいに数えてみたら、25粒だった。一個8円52銭。
 日ごろ数えてはいない。まだ少々残っている小鉢に買い足すことが多いので、面倒を避けている。今日はまったく空になった小鉢への収納だったので、気紛れに数えてみた。

 味覚が幼いのか、常用は甘ラッキョウだ。付合いの長いジャズ・バーのマスター、片倉さん曰く、
 「ラッキョウは塩だろう。せいぜい妥協してピリ辛。甘ラッキョウは、いけねえや」
 と、おっしゃる。料理の腕にも覚えのある彼は、八百屋から葉付きのラッキョウをいく束も買ってきて、自分の舌に合う塩加減で漬けてしまう。味見させてもらったら、たしかに美味い。
 とは思うのだが、メイカー商品をスーパーで買うとなると、またぞろ甘ラッキョウに手が延びる。自分ながら説明不能だ。

 同一商品を同一スーパーで長年買っていると、世の景気動向ともあいまって、値上げされたときにはひと目で判る。商品定価は変らない。内容重量も変らない。粒が巨きくなるのだ。
 梅干ははなから大粒・中粒・小梅とあって、漬けかたにも味付けにもあれこれあるから、選択基準も複合的だ。が、ニンニク漬とラッキョウ漬には、二種類かせいぜい三種類の味付け違いしかないから、目安が比較的単純となる。そして粒の平均サイズが変更されたりすれば、すぐに気がつく。

 このところ安定している。なん年か前に、あれもこれも一斉に値上げされた時期があった。売値でなく、粒のサイズで。
 食卓では、それまで毎食一個食べていた人は、少々サイズが変ったところで、やはり毎食一個ずつ食べるだろうから、同じ商品重量であれば、従来より短い日数で食べ了える。

 はゝぁ、味の素の穴方式だなと、思ったものだった。売上げに伸び悩んだ味の素が、内ブタの穴をかすかに巨きくすることで、劇的に息を吹きかえしたという、あの有名な噂である。そりゃ上策だナイス・アイデアだと感心し、私も噂を信じたものだった。
 しかし味の素広報部のホームページによれば、それは完全な都市伝説とのことだ。姉妹商品の穴が異なったりするのは、商品特性によって調理法や献立が異なることが予想されるため、それぞれの適量や使い勝手を詳細綿密に研究した結果、たまたまそうなったに過ぎないとのことだ。
 消費者に感づかれぬよう、こっそり内ブタの穴を巨きくするという作戦を、社内会議で提案した社員が、異例の二階級特進出世を果したなどという、まことしやかな尾ひれまで付いた都市伝説だった。それは面白い噺だと、つい私も信じ込まされてしまったのだった。

 やはり都市伝説は駄目だ。ラッキョウ漬とニンニク漬の粒のサイズについては、私自身が肉眼で視定めたうえでの見解だ。
 世の中のほとんどの事象について、常識よりはるかに貧弱な見識しか持たぬ身なればこそ、ごく些細かつ微小な事実でもよいから、肉眼で視て考えたい。それでも間違えたのなら、自分の眼を呪えば済む。

 そんなことを考え、書いている背後で、ラジオはもう四時間以上も刻々の津波情報を継続している。気象庁の技官が記者会見した。テレビ放送らしいが、ラジオでも音声が流れた。
 発生のメカニズムが、地震による海底変化から生じた津波とは異なる。これをしも津波と名づけることすら適当でない。技官にとっても未経験の事態ゆえ、警報解除の時間すら読めないのが実情だ。
 判らない……。技官にしてみれば、さぞや屈辱的で口惜しい会見内容に違いないが、専門家らしく、正確かつ控えめに、現時点で判ることだけを語った。門外漢の老人にも、理解できた。ある程度は想像もできた。

 続いて各社からの質問。共同通信です。NHKです。日本テレビです。次つぎ。
 さっきそう云ってたじゃねえか。それも説明されたろう。それは判らないんだってば。繰返すなよっ。しかも何ページにもわたる資料が、前もって配布されてある。
 高らかに社名を名乗って、そこに居ましたってことだけをアピールして帰ってくる取材記者って、何なんだ?
 視ろよ。聴けよ。庶民の平均給与よりも、はるかに高額の給料取りだろうに。そんな三文芝居で、庶民の眼をあざむけると舐めたら大間違いだ。俺らは、取るにも足らねえこと相手にしたって、自分の眼で視ようとしてんだっ。