一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

内緒

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先陣を切って。

 玄関から門までのわずかな地面に、斥候兵がやって来た。あたりを丹念に観まわしたが、連れはないようだ。

 寒い、億劫だ、雨がなかなか上らないと、延ばしのばしにしていた食糧買出しに出ようとしたら、今年の先兵に出くわした。この仲間は罪がない。のびのびしてもらっても、あとが世話なしだ。が、うかうかしてると、ドクダミの大軍勢が動き出す。斥候兵の周りにも、すでにハート型の葉が見えている。幅をきかせるようになってからでは手遅れである。動き始めを叩くべく、見張りを怠ってはならない。
 とりあえず今日のところは、気の早い一輪だけのようだ。

 川口青果店で玉葱・人参・生椎茸二袋・茄子・かぼちゃ。〆て710円。
 ビッグエーで。キャノーラ油・即席コーンスープ・濃縮カルピス・即席ミルクティー・茹で小豆缶・バナナ・納豆・小肌酢・ワサビ漬・6Pチーズ・フルーツのど飴・つぶチョコレート・黒糖ロール。〆て2,756円。
 買物袋ふたつが一杯となった。

 帰りしな、入退店口脇の、ワゴン特売コーナーに気づいた。墓参り簡易セットだ。

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 小箱マッチ二個セットが売られている。なるほど、ふだん使う機会のないマッチを、彼岸にだけ使うのであれば、邪魔にならない二個セットでよろしいわけだ。それが便利というものだ。

 しかし定常的に使うのであれば、ダイソーやサミットの六個セットであれば、一本あたり四十銭台。二本で一円弱である。二個セットで買えば、一本あたり七十銭につく。
 以前わが自由研究において、厳密に調査したところだ。(昨年12月1日の日記)
 しょうもなく他愛ないことではあるが、用途と価格、定常か臨時か、基礎研究をしておけば、自信をもって判断できる。
 道行く奥さんがたにお報せしたいが、よもや聴きたいかたなどおられまい。
 

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 拙宅前まで戻ったところで、あらためて視あげると、本格的な開花が始まっている。酔狂にもほどがあるとは思ったが、門柱陰にいったん買物袋を置いて、カメラを取出した。
 「咲きましたね、今年も」通りがかられたのは、はて、どちらの奥さまだろうか。
 「はい、こゝからは早いんですよねぇ。またご近所さまにご迷惑をおかけする季節になります」
 「とんでもございません。愉しませていただいているんですから」
 「そうおっしゃっていたゞけると……」
 レンズを仰向けていると、彼女もスマホを取出した。
 「私も一枚、よろしうございましょうか」
 「どうぞどうぞ」

 買物袋に戻ってしゃがみ込んでいると、背後から、
 「ありがとうございました」
 「どういたしまして。かえって恐れ入ります」
 細おもてに顎もシュッとして、上等そうな眼鏡の奥で細い眼が笑う。
 佳い女だなぁ、どちらの奥さまだろうか。まだお若いようだが……。
 六十……三四か。美人は若く見えると云うから、五六か。今日は光線が好いから、もうちょっと行ってるかな。
 玄関に入る前に、斥候兵に向って、「内緒にしておけよ」