一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

小人論(小説の起源②)

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 坪内逍遥小説神髄』、明治十八年刊行。わが国の文学評論に「小説」の文字が記された最初ということになっております。
 明治という新しい時代、文学もこれからは、江戸時代までの約束事をうち破って、文明開化しなければならない。勧善懲悪ですとか因果応報ですとか、身分のわきまえですとか、男らしさ女らしさですとかいった、お約束の定型を変革してゆかなければならない。こう考えて、芸術としての方向・指針を提案した評論でございました。

 過去のわが国文学史にも、お噺・物語はございました。時代により形式により、「日記」「物語」「草紙」などと称ばれてまいりましたが、新時代に求められる文学は、それらのいずれとも同じでない。西洋にはすでにあり、わが国にはまだない、自由な散文による表現をと、逍遥先生はお考えになられたのでございましょう。
 英語 Novel の訳語として、既存の「日記」「物語」「草紙」を宛て嵌めるのではなく、新たに「小説」という語を考案したのでございました。一般の読者にとりましては、さぞや耳慣れぬ言葉だったことでございましょうねぇ。

 この「小説」という語、じつは逍遥先生による純然たる想像力の産物というわけではございません。地上のどこにも存在しなかったまったくの新語というわけでもないのでございます。ではどこからやって参ったのでございましょうか。

 秦の始皇帝ですとか、漢ですとか唐ですとか、中国のごくお古い時代でございます。皇帝がまつりごとをいたしますのに、宮廷の内にいるだけではよろづに情報不足。世の中のじっさいのありさま、庶民の暮しぶりなどを承知していたほうがなにかと好都合。かといって天下に並びなきお身の上。幾多の危険を考えれば、おいそれと市中をうろうろ視て回るわけにもまいりません。
 そこで登場いたしましたのが、稗官(はいかん)と申します下級役人でございます。世間をつぶさに見聞いたしまして、流行・動向・特色・民間の欲求そのほかを細ごま書留め、皇帝に報告いたしました。ルポライターでございますね。
 このルポを、稗史(はいし)と申しました。ところがこの稗史が、政務の資料として実用的であるだけでなく、活きた人間報告としてすこぶる面白い。興味深い。やがては政策資料に留まらず、読物となってゆきました。
 才能ある稗官が、数多く出たのでございましょうね。ちなみに穀物の稗(ひえ)は稲よりも背丈が低く、粒も小さい。そこから身分低い、器量が小さいという意味が発しましたそうで。

 その時代、身分高く教養ある男子が読むべき書と申せば、詩や書や史でございます。情操を豊かにする洗練された言葉である詩、事に臨んでいかに判断し行動するかの規範となる優れた先人の言行録である書、そして過去の出来事に先人たちが応じた結果がどうなったかを記録した史。ことに歴代の王朝が公認してまいりました史は「正史」と称ばれ、教養人必読の書物でございました。
 これに対しまして稗史のほうは、またの名を「小説」とも称ばれるようになってゆきました。身分・教養の低いものでも、容易に読める書物という意味でございます。
 今日でも公式文書に対して、通俗読物のことを「稗史小説のたぐい」などと申します。死語でも古語でもございません。

 したがいまして小説の「小」は、上野動物園の入園料のような、大人(おとな)に対する小人(こども)ではございません。ガリヴァー旅行記の巨人に対する小人(こびと)でもございません。「女子と小人養い難し」の小人(しょうじん)、すなわち教養貧しき者、また器量小さき者の意味でございます。
 大急ぎで補足いたしますが、「女子と小人」と申しましても、当時の制度・習慣のもとで女性に教育環境が与えられていなかったがゆえに、かような言葉が残りましたのでして、ただ今現在のフェミニスト運動の先生がた、どうか飛んで見えられてお叱りになんぞなられませぬよう、切にお願い申しあげておきます。どうかお叱りは出典もとの『論語』のほうへ、お願い申しあげます。
 ともあれ「小説」は教養低くても読めるというだけでなく、そういう人びとが織りなす世間というものを、ありありと描いた書物という意味にも、なりますですね。
 じっさいには教養豊かだろうが身分高かろうが、喜んで読まれたと思いますですよ。教育委員だって、アダルト・サイトをお開きになられるでしょうからねぇ。

 すなわち小説の「小」は大きい意味の「大」の反意語ではなかったのでございます。吉良常の期待にそむきますが、大説というものは、残念ながら存在いたしません。

 ではその小説によって、なにを描くべきだと、坪内逍遥は提案したのでしょうか。
 『小説神髄』の前半に、小説の目的・狙いを論じて、先生こんなふうにおっしゃっておいでです。
 ――小説の主脳は人情なり、世態風俗これに次ぐ。――
 胡内乱暴現代語訳。
 「そうさなぁ、小説の眼目といやぁ、まず人間の心持ちだね。そん次が、世間皆々さまのお暮しぶりの、包みかくさぬあらまし、ってところかねぇ」

 「心持ち」って点が、また「包みかくさぬ」って点が、ことのほか重要でございます。
 勧善懲悪や因果応報など、お約束の定型では駄目だというのでございます。こういう身分・職業であればこういう場面でこう振舞うべきだ、では駄目だというのでございます。リアリズムをもって、本心を描けと、おっしゃってるわけですね。
 まことにもって、お説ごもっともと、申しあげるほかはございません。

 ですがね皆さま、今日から考えてみますと、当りまえ過ぎるほどの初歩的常識ではございませんか? 文学の前提、とすら申してもよろしいほどで。
 ところがこの一書が、当時の志ある知識青年たちに根柢的影響を与えた、革命的提言だったのでございます。現代からは少々了解しづらいところでございまして。

 その点をご納得いたゞくためには、時計の針を少々、いやだいぶ、さようでございますねぇ、ざっと三十二年ばかり、巻戻していたゞくことになるのでございますが、その噺は次回といたしまして、しばし休憩させてくださいませ。
【小説の起源②】