一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

邪魔

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高橋かおり写真集『メタモルフォーゼ』(渡辺達生撮影)より切取らせていたゞきました。

 刑事さんって、ホントに二人一組なんだとこの眼でたしかに視た経験が一度だけある。

 職質ではない。職質については私立中学の生徒だった関係で、中間テスト後の試験休みだの学校行事都合だのによる休日が、公立中学と異なる場合があった。池袋か新宿へ、映画を観に出かけると、街角で大人の男から何度も話しかけられた。刑事による職務質問である。相手はたいてい一人だった。
 盛り場を歩いていても、べつに悪事を働いているという自覚などないから、素直に名乗り、生徒手帳を見せ、目的を述べた。「映画やドラマほど、刑事らしくねえんだな」と思った。

 公安でもない。受験浪人時代(つまり学園紛争時代)に線路を渡ろうとすると、生い茂った夾竹桃の陰からふいに男が現れて、誰何された。ちょっと渡るだけだと告げると、「検挙するゾッ」といきなり脅された。このときも相手は一人だった。
 高田馬場駅の西側にあった一橋学院という予備校で授業を了えて、新宿へ出てゆくには、ガードへの回り道を行くよりも、そこらの有刺鉄線の弛みをくゞり抜けて線路を渡っちまったほうが早道だったのだ。
 まさかあんなところにまで、張っていようとは。公安ではなく、組対からの応援だったのだろうか。デモの暴走や跳ねっ返りは、組織暴力扱いでもあったから。しかしこゝを渡ろうとする者などめったにあるまいと思われる、しかも有名無実とはいってもいちおう有刺鉄線が張られた内側の鉄道沿線で、灌木の茂みから出てくるとは、そっちこそ怪しいのではないだろうか。
 手配中のだれかがこゝを通るとの情報でも得ていたのだろうか。ともすると有刺鉄線の弛みは、誘いのスキみたいな作戦だったのだろうか。今もって判らない。

 二人一組だとじかに視たのは、目白警察署の捜査員が一週間か十日ほど、拙宅へかよって来たときのことだ。
 近年、おかげさまでわがご近所は平穏で、犯罪といっても酔払いの喧嘩か自転車泥棒くらいしか耳にしない。それも自転車の一時只乗りに過ぎず、ひょんな処に乗り捨ててあったり、あとで元の場所に戻っていたりする。ちょいと近所までの買物ていどなら、戸締りせずに出掛けても、まず事件に見舞われる公算は少ない。
 が、昭和のころまでは、空き巣だの金銭目的の置引き・かっぱらいなども、ときどきはあった。ある時期、近隣に空き巣被害が連続したことがあった。警察には容疑者の目星がついていて、見張っているとのこと。その容疑者の棲むアパートの玄関口が、拙宅二階の北角の窓から好く見える。そこには中学生である私の勉強机が置かれていた。

 つまりわが家は警察に、張込み場所を提供したのである。もともとめったに使う時間などなかった私の勉強机などさっさと移動して、窓辺を提供した。
 中年と若手のコンビ。これもドラマのようだった。窓際に腰を落ちつけて、黙って外を視ているだけだった。母が気づかって麦茶を持ってゆくと、「困ります、困ります」と若手が云うのを中年が制して、「いたゞきます、が、これっきりにしてください」と中年が応じた。これもドラマと同じだと思った。

 容疑者がどうなったのか、真犯人だったのかどうか、教えてもらえるはずもなかった。言葉少なに張込みを切上げていったが、後日礼にも挨拶にも、誰もやってこなかった。それっきりだ。警察というのは、ずいぶん愛想のない地味な仕事だとの印象が残った。

 そこへゆくとテレビドラマのほうは派手だし、設定が奇抜だ。安月給のご亭主と子ども三人との五人で熱海へ温泉旅行するのが夢で、日夜家計の切詰めに東奔西走する主婦が、じつは難事件にのみ駆り出される非常勤の警視総監だったりする。屋台を引くラーメン屋が、じつは法曹界の仕来りを嫌う敏腕弁護士だったりもする。
 私はパソコンゲームスマホゲームも、一度とて経験ない人間だが、だからといってゲームに熱中する若者やヤングアダルトに向って、さような架空設定のなにが面白くて、などと難癖をつける気は毛頭起きない。
 云われたほうも、サブカルだのエンタメだの、言葉上の看板塗り替えに過ぎぬものを、もっともらしく強弁しなさんな。大衆娯楽というものは、奇想天外で愉しいもんです。昔も今も。
 家紋が印刷された煙草入れを取出して見せると、悪の権化だった者たちまでもが、へゝェーっと額を地面に擦りつけてひれ伏すとか、裁判官が裁判中にとつぜん片肌脱ぎになると、肩から背中へ桜満開のタトゥーで、容疑者がいっせいに自白するとか、どう考えたって正気の沙汰とは思えない。

 しかし正気であろうがなかろうが、大きなお世話。三四郎と広田先生の問答から学んだ日本人よりも、駒形茂兵衛とお蔦姐さんの会話から学んだ日本人のほうが、何十倍も多い。時任謙作の煩悶からより大石内蔵助の煩悶から学んだ日本人のほうが、何十倍も多いのは明白だ。

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 と、長ながもったいつけたところで、『さすらい署長 風間昭平』シリーズを愉しみに観ている。警察庁公安部のキャリアの身で、組織の型にはまった生きかたが大嫌いな主人公(北大路欣也さん)。急な事情で署長空席となった所轄署のワンポイント・リリーフ署長として、全国各地へ赴任する。どなたがこんな設定を、思いついたんだろうか。まさに正気の沙汰ではない。
 毎回各地の名品名物・名産特産・名果銘菓に銘酒郷土料理、祭礼風習観光地と、テンコ盛りである。

 富山県の高岡ではこんなことがあった。伝統工芸である銅の鋳物工場が寂れてゆく。父の胸中を想う三姉妹がそれぞれの生きかたを選んでゆく。このさい事件なんぞどうでもよろしい。問題はその三姉妹だ。
 長女が北原佐和子さん。グラビアアイドルだった昔より、ずっとよろしい。次女が喜多嶋舞さん。お母さまをよく存じあげておりますが、私は娘さんのほうがよろしいかと。というよりも、お母さまとは天下を分けておられた酒井和歌子さんのほうを推しだったものですから。と、いちおうご挨拶申しあげておいて。
 じゃ~~~ん、姉妹中たゞ独り、父の志を継いで鋳物工場で働き続ける三女ですって。お名を口にするにも慎重に、高橋かおりさんだ。

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 彼女については以前に書いたから、こゝでは繰返さない。また、共感者や同好の士が現れてくださることを、望まない。むしろ迷惑である。わがまゝ剥き出しに申せば、邪魔だ。