一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

婿殿に

 
 黒澤明映画『乱』に、主筋にはいさゝかも重要ではないが、大好きな場面がある。

 媚びへつらいの太郎・次郎とはちがって気骨青年三郎は、父である大殿(おゝとの)の機嫌をそこねて、勘当・追放の身となる。その心映えを多とした隣国の武将藤巻信弘(植木等)は三郎を娘婿とする。
 時が経って、腐敗をきわめる生国へと巻返すべく、三郎の軍は立った。軍紀整う三郎軍とはいえ、戦の帰趨は予断を許さない。だが、国を挙げての全面戦争に拡大することは三郎の本意ではなく、義父の軍たる藤巻本隊には参戦を控えるよう、事前に願い出てあった。
 にもかゝわらず藤巻信弘は大軍を擁して山の峰に陣を敷き、戦場を遠巻きにして、万が一に備えた。その時の、植木等さんの台詞。
 「わしはちと、大袈裟だったかのぉ。婿殿に、叱られねば好いが……」(不正確。あくまで大意)
 頼もしいようなとぼけたような、なるほど、ほんとうに強い人の言葉とはかようなものかと、納得がゆく台詞だった。

 お向うの粉川さんの奥さまから、谷中ショウガを頂戴した。
 「手土産にいたゞいたんだけど、アタシはこういうもんはねぇ。アンタならお酒飲むから、ちょうど好いでしょう」
 土産にこういうものってどうよ、と一瞬頭を掠めたが、大好物につき、ありがたく頂戴した。ガリガリかじってもよろしいし、むろん薬味にも酒のツマミにも。が、せっかくだから、酢漬けにしてみようか。

 包丁の刃で薄皮を剥ぎ落し、塩を振っておく。わずかにすぎないが剥ぎ落した皮がミゾレ状となって俎板に残る。これはあえて余りラップで包んだりはせずに、そのまゝ生ゴミ袋に投じる。少々なりとも消臭効果があるかもしれない。
 葉の部分は、使い途がありそうでもあるが、もったいがらずに輪ゴムで束ねて冷蔵庫へ。絶大な消臭・防腐効果を発揮してくれることだろう。

 さて漬け酢である。どれほどが適量かの知識は皆無。例のごとくヤマ勘。小鉢に酢をこぉれぐらい。ヤマ勘によると、直感的に思いつく量よりも砂糖は多めのはずである。が、砂糖甘くなってはならないから、酢の刺激を抑えるために、邪道かもしれぬが酒を少々差すか。そして塩ひと摘み。塩が多過ぎると、うまくゆかない気がする。
 掻き混ぜて、スプーンに取って味見してみる。だいたいこんなものか。

 フリージングバッグ(密閉ビニール袋)で、横たえる格好で漬ける。縦に漬けては、おそらく茎の部分がどうにかなってしまいそうな気がする。

 粉川さんから頂戴したのは、じつは一昨日のことだった。ショウガだもの、すぐに傷んだりはするまいと、怠けていた。ところが今朝、煙草を切らしてファミマまでと思って往来へ出ると、奥さまとバッタリ。
 「ねぇねぇ、もう召しあがった?」
 「いゝえまだ、酢漬けにでもしてみようかと思って」
 べつだん嘘をついても始まらない。と、
 「なぁんだぁ、早く食べてよぉ、どうせ飲むんでしょお」
 さも残念そうに、云われてしまった。

 そこで本日、ちょうど在庫切れ間近になっていたこともあって、スーパーへ直行。砂糖と料理酒とを補充してきた。で、砂糖のお徳用袋と料理酒のリットルボトルを前にして、想うのである。漬け酢は玉しゃもじにわずか二杯。
 「わしはちと、大袈裟だったかのぉ。婿殿に、叱られねば好いが……」