一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

君だけ

 

  みんなみんな、平等な命だと、思ってますよ。いちおうはネ。

 それぞれの命に、貴賤の別はないと、思ってます。すべての因果を理解するだけの見識が当方に不足しているだけで、じつはみんなみんな、経緯だの必然性があって登場したにちがいない命だと、ホント、思ってますよ。
 進化説ってのが当方にはありましてネ、生存競争も理解してます。弱肉強食も自然淘汰も、了承してるんです。共生とか寄生とか、共存共栄ということも、知ってるんです。知識としてはネ。お互いの利害の対立や交錯を、調整してゆくのが自然というものだと、知っちゃあいるんです。

 けれどもですよ。失敬ながら君だけは、たとえ幼いうちでも、眼に着いたら引っこ抜かれてしまうのですよ。だってヤブガラシ君、君のやり口はあんまりにもエゲツナイですもの。
 周囲の草ぐさよりも、図抜けて早く成長しますよね。ひと晩眼こぼししようもんなら、明日には眼に見えて背丈が伸びているでしょうが。それも幼いうちは、ツンと突っ立って、可愛らしげにしているけれども、なぁにやがては立木を見つけて絡みつく。塀にへばりつき雨樋にも絡みついて、上へ上へと猛烈な速度で成長する。ツタのように建物の側面を覆ってしまうことすら、ありますよねぇ。

 周囲の草ぐさを出し抜いて、いち早く陽光を独占することに賭ける、君の情熱と速度には、いつも驚嘆させられます。上へ這いあがる足場が近くに視当らぬ場合の、適当な足場を探して地表を横に這い伸ばしてゆく速度も、恐るべきもんです。
 兵站線が長くなって、水分・養分の補給に困難が生じたとみるや、茎の節目から髭のような根を出して、新たに中継地点の根を、地中に潜らすじゃないですか。
 あんまりにも大きく逞しく育った君の茎を、元から抜かねばと辿ってゆくと、とんでもない距離を這い伸びてきていると判明して、呆れるを通り越して、感心させられたこともありましたぜ。
 つまり君は、陽光を激しく求めて、垂直方向にも水平方向にも、俊足を発揮するわけですよネ。

 自然界にあっては、樹木の根方に芽吹いた君は、樹木の根にへばりつき、幹や枝に絡みついて、ついには梢にまで達して、特等席で陽光を浴びる。なおも個体を成長させたい君は、今度は横移動して、樹木の枝先や梢を君の葉で覆ってしまう。さらに蔓を伸ばして、隣に立つ樹木へと伸長してゆく。個々に樹が立っているにすぎないジャングルの天井を、ひとつながりのフタのように覆ってしまうのは、おゝかた君の仕業でしょう?
 しかもその成長速度と繁殖力だもの。きっと地中の養分をも、大量に消費して、地味を痩せさせてしまうにちがいありません。
 成長した君からすっかり陽光と養分とを横取りされてしまった樹木は、元気がなくなり、ひどい場合には枯れてしまう。
 情け容赦ないにもほどがありましょう。あんまりにもエゲツナイじゃありませんか。

 君は知らんでしょうがネ、人間が勝手に付けた君の名はヤブガラシ(藪枯らし)と申しましてね、あまり印象の好ましい名ではありません。つまり君、評判好くないんですよ。
 それが証拠に、かの悪名高いドクダミ集団よりも先に、抜かれてしまうんですから。

 だからネ、タンポポだろうがクローバだろうがオダマキだろうが、芽吹いたものはあるていど成長を見守って、いちおうの役割を終えたところで毟り取るのが方針だという、この家の爺さんだってね、君だけは、幼いうちからでも、眼についたら抜いてしまうことになるんです。
 つまりは、君の自業自得でしょうが。