一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

ありあわせ

 まあまあの、佳き日だった。こういう夜は、古いジャズCDと「ラジオ深夜便」とを適宜切換えつゝ聴きながら、台所でありあわせの立飲みにかぎる。
 
 一昨日は、月例のユーチューブの収録を済ませた。小説に描き出された老人像について、思い出すまゝを、飛びとびに喋った。喋るためになにか調べたり、改めて読み直したりはいっさいしない。いつものことだ。きっと出来栄えは、イイカゲンなものなのだろう。間違い・勘違いも少なくあるまい。
 ディレクター氏が不出来箇所を刈込んでくださるから、どの程度の音声作品に仕上るものか。いずれにせよ、彼の腕前による彼の作品であって、私は素材の声を提供しただけだ。

 つい先だって佐藤洋二郎さんから、ご新著『Y字橋』をご恵贈いたゞいて、一読に及んだところ、たいそう面白く、いさゝかのことが連想されたり、思い出されたりしたので、喋ってみたのだった。
 中山義秀横光利一のこと。永井荷風谷崎潤一郎宇野浩二のこと。芥川龍之介広津和郎のこと。ほとんど消えかけた記憶群のなかに、わずかに消え残っていることどもを、ありあわせのモザイク・タイルを組合せるかのごとくに、喋り散らかしたわけだ。

 と、どういう巡りあわせか、火元の佐藤洋二郎さんからの電話があった。珍しいことだ。長らくお会いする機会もないから、直接会話するのはいつ以来か、思い出せもしない。
 SNS を通して、彼の日常お暮しぶりと、ご心境の一端は承知している。作品からも窺われる。
 過去に大病のご病歴もあり、いくつもの危険信号をお抱えで、医者とご相談のうえ、散歩を仕事のようにされている。その模様が SNS に挙げられる。散歩の立寄りさきや眼の着けどころに、佐藤さんらしさが如実だ。
 彼のほうでも、この老残妄言日記を、時おり覗いてくださっているらしい。

 ウェブ上の情報から半ば知合っている互いの近況や、健康情報を改めて肉声で語りあう。双方とも寝ついてるわけではないから、示し合せて会おうとすれば、会えぬわけではなかろうけれども、どちらも、そういうことをしがちな人間ではない。
 強いて会おうとすれば、いつでも会えると思い想いするうちに、ふいに報せが入って、というようなことは、老人同士の友情の場合には、よくある。

 佐藤さんのご健康を切に願う。かといって、私にはなんのお役に立つ力もない。お声も、喋りかたも、お元気そうだった。なんとはなしに、気を好くする。
 

 お若い友人たちの助けを借りて、老残妄言日記を立上げた第一回投稿が、昨年の五月三日だった。Hatena さま示すところによると、これが連続投稿日365日目だそうだ。426本目の投稿。閲覧数 27,200 ほどだという。これが多いのか少ないのか、人さまのブログを眺め歩いたことがないので、さっぱり見当がつかない。知ろうとも思わない。

 分野や話題を絞り込むでもなく、主題を設定するでもなく、ありあわせの想いを述べて、述べたからにはもう、それっきり忘れてしまってよろしいことと、思い做してきた。こんなものをお読みくださっても、面白いはずがなかろう。
 が、これからも変るまい。ありあわせのネタを、ありあわせの言葉にした、ありあわせの日録である。