一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

ある時代



 たいへんなニュースがとび込んできた。

 レッドウェーブのシィこと篠崎澪が現役引退を表明。松蔭大学時代からの後輩でもあった内野智香英も、引退を表明。司令塔町田瑠唯の渡米と合せて、レッドウェーブは大幅に変貌することになる。
 昨年の、フォワード陣のアッと驚くような大型補強。若手ガード陣の急成長。なによりも、町田瑠唯キャプテンがナショナルチームへ出向するあいだも、チーム内に眼配りして束ねてきた、若き副キャプテン田中真美子が、ますます人間力を発揮することだろう。
 選手顔ぶれを見渡せば、B・T・テーブス ヘッドコーチのバスケは崩れないだろう。リーグ随一の堅守・スピード・速攻。そしてアウト・イン・アウトのスリーポイント。ひと言で云えば、大型チームをスピードで打ち破るバスケットボールだ。
 スピードと積極性は、サイズを制する。レッドウェーブの理念であり、日本のバスケットボールが世界に向けて、提唱するところである。


 とにかく徹底的に、禁欲的に練習に打込み、自分を鍛える選手だった。コートサイドの最前列席から、つい三メートル先でストップ・アンド・ターンしたり、スリーポイントシュートを放つ篠崎澪の脚を、この眼でぢかに視て、胸を衝かれたことがある。
 「日本一のフクラハギをもつ女子選手」と、どこかで書いた覚えがある。女性選手の魅力を紹介する言葉としては、はしたない申しようだ。またリーグ全チーム全選手の脚を視比べたわけでもないくせに、思い上った断定だ。が、承知で書いた。それほど感動した。

 インサイドレポートの動画にあった、後輩選手たちへのインタビュー。「練習への取組みかたで、尊敬する先輩は?」
 答は知れたようなものだ。全員が異口同音に、「シィさん!」


 Wリーグ・ファイナル、準優勝表彰台。一人は今年で現役引退とシーズン前から決心して、心中深く期するものあって、今シーズンを闘ってきた。現役最後の試合が、これで了った。
 もう一人は国内でできることはやりきったと感じ始めていたところへ、WNBA でやってみないかと水面下でオファーが。渡米しようかと考えている。
 長年の相棒にだって、まだ告げられぬこともある。だが、なんとなく気配を感じ合っている。二人で創ってきたチームではあるが、別れの日は近い。
 コイツ、ぜったい泣かない女なのに、泣いてやがんの。と、お互いに思ったことだろう。
 

 たしかワシントン・ミスティックスと町田瑠唯との契約条件は、先方のシーズン(たぶん九月末ころ)終了後は、レッドウェーブでプレーしてもよいことになっていたはずだ。つまり富士通に在籍のまゝ、ミスティックスに加わることになる。
 若手ガード陣も目覚しく育ってきているし、チームは一気に変貌をとげていることだろうが、それでも、町田瑠唯の役割は、まだあることだろう。
 だが戻ってきたそのチームに、篠崎澪は、いない。