一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

第三位


 昨日に引続き、取るに足らぬ些細なもんに、飽きがくる噺で。

 たしか昨年の今ごろか、久かたぶりに肉じゃがをつくって、数日かけて食べ了えるとまた肉じゃがを仕立てるという時期を、しばらく続けた。水加減も調味料の配合も、以前のことなどろくに憶えちゃいない。そこはヤマ勘テキトー。当然ながら、とりたてゝ不味くもないというだけの、あいまいな代物ができる。
 出汁加減を、砂糖の量を、醤油を差すきっかけを、下茹で時間と煮る時間のバランスを、あれこれ考えてまたつくる。結局毎週のように二か月半ほど、肉じゃがをつくった。人さまにお勧めなどできぬが、自分で食うならこのあたりかなという味に落着けば、いちおう満足。飽きがくる。

 夏から秋のころには、揚げびたしに替えた。これは調理時間も長いし、具のバリエーションも豊富だ。青魚が定番だろうが、鶏肉でもやってみた。そして両方捨てて野菜だけになった。軟かく仕上るものとしてはピーマンと茄子が双方捨てがたく、最後まで取っ換え引っ換えした。人参と生椎茸は不動の定連。蓮根を使いたかったが予算オーバーになるので、ひねこびた見切り品が出るのを狙ったが、機会は一度しかなかった。
 漬け汁の酢の援軍として、花梨の実からシロップを造った搾りカスを冷凍しておいたものをつかったら、大成功だった。搾りカスが底を突いたら、酸味が寂しくなった。が、柑橘系調味料などは買わない。使い切らずに了ってしまう可能性が高く、もったいない。
 これもだいたい「俺の味」に行き着いたので、飽きた。

 次はどうしようと思いつゝ年が明けたころ、ふいに牛蒡の味が懐かしくなり、鶏ゴボウに切換えた。と申しても、これは勝手な命名で、玄人料理人がたがお造りになる「鶏牛蒡」には似ても似つかない。要するに、鶏肉と牛蒡・人参の炊き物である。竹輪や生姜に応援させたりする。
 例によって以前の加減は記憶していない。たしか牛蒡の下茹で時間に気を配った憶えがある。人参九分、牛蒡十一分だったか。根菜のエグ味というか泥臭さが抜けてしまっては、元も子もない。
 思えば私は、一年中ニンジンとカボチャを食っている男だ。

 つい数日前、ふいに雁もどきを食いたくなった。そういえば、ジャガイモとも少々ご無沙汰している。なんたって、肉じゃがから一年が経つ。
 で、定番の人参と竹輪を合せる。たしか雁もどきと竹輪が入るときは、塩味をよく吸うので、心持ち醤油多めだったか。先に出汁と酒と砂糖で少々煮て、後から醤油だった記憶がある。落し蓋だったな。
 咄嗟の思いつきで、白滝を放り込んだら、グジャグジャした豚の餌みたいなものができた。味は悪くない。かといって佳くもない。段階的ににじり寄ってゆくこととする。よしっ、この夏は、芋を食うことにしようか。

 温野菜食中心の生活を続けてきて、しみじみ想うのは。なにと合せても美味く仕上り、相手をも美味くさせる、優れもの食材の存在である。かなり長期間考えて、今もって考慮中なのだが、二番が雁もどきだ。雁もどきも種類は多彩だが、細目分類と評価は他日として、ひっくるめて申せば、まずトップスリー入り鉄板。
 一番は干椎茸。たゞし私の台所には予算オーバー。「高級肉厚どんこ」なんぞというものを、両親の看病・介護の時分には用いたものだったが、今の私には身分不相応だ。小ぶりな並の品で見切り値引き品に遭遇でもしたら、ということにしている。
 生椎茸を冷凍庫で凍らせてから使うと、干椎茸のようになるという説があるが、まだ試みたことがない。水分を出すという点は期待できようが、やはり陽光による化学変化の側面は侮れぬだろうという気がしている。

 さて問題は第三位である。この選考が難航している。
 大根は? 相方を選ぶ。途方もない名人芸を発揮する反面、気に食わぬ相方には意地悪をしかねない。
 昆布は? 有力ではあるが、調理法によっては、汁にトロ味を出し過ぎる。
 人参は? 自分が美味くなるのであって、相方を美味くするわけではない。じゃが芋も同様。
 牛蒡は? 力があり過ぎる。どんな相方と合せても、牛蒡料理にしてしまう。
 玉ねぎは? 有力候補ではあるが、溶け過ぎるんでねぇ。
 生姜は? まさしく、どんな相方をも助けて、仕事を完璧にこなす、信頼度抜群の腕達者。たゞし徹底した脇役キャラで、トップスリー入りしようものなら、本人から辞退されそうだ。

 よって今のところ、第三位は空席ということにしておく。