一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

ビタミン

「一日分のビタミン」スパークリング(伊藤園

 マイブームというのだろうか。こゝこのところ、よく飲む。

 拙宅のブロック塀脇に、飲料自販機が二台設置されている。隣接するコイン・パーキングの会社が敷地の隅を活用したもので、ブランドはコカ・コーラボトラーズさんと伊藤園さんだ。
 商店街もスーパーやコンビニもほど近いとはいえ、こゝは住宅地。往来に面するちょいとした空間を利用した飲料自販機は、いたるところにある。駅と反対方向へわずか五分の、銭湯まで歩くあいだに、さて何台の自販機を眼にすることだろうか。十台は軽く超える。
 自前でインスタント飲料を沸したり、水て薄めたりして飲んでいる私は、さほど利用する機会が多くない。それでもごくたまに、あゝコーラ飲みてえなぁ、などとふいに思いたつこともあって、まったく利用しないわけでもない。

 サービス形態や設置場所の加減から、メイカー希望小売価格の機械も、価格破壊の機械もあることは承知している。それでもディスカウント・スーパーで44円か55円の缶珈琲を、100円で買う気にはならない。飲みたい気が起きたのだからコーラは買うが、110円は心に引っかかる。
 そんなとき「一日分のビタミン」スパークリングなるものに出逢った。250ミリリットル100円。味は甘さ控えめでわずかに柑橘系の苦み。りんご果汁で味ベースを整え、ゆずピューレで特色を出してあるらしい。

 缶測には、一日一本を目安に飲めと表示してある。それ以上飲んだからって、病状治癒したり健康増進したりしないと書いてある。ことに妊娠希望の女性は過剰摂取を避けよと書いてある。つまり医薬品でも保健用食品でもない旨を、懇切丁寧に説明してあるわけだ。「消費者庁長官による個別審査を受けたものではありません」って、どういう意味なのだろうか。知らない。
 成分表へ眼を移すと、なるほどビタミンA,B1,B2,B6,B12,C,D,E とズラリ並んでいる。その他の成分表だとか、一日当りの摂取基準値に対する割合だとか、私が無知な分野についての表示について、あれこれ想像しながら読んでゆくと、ははぁ、と納得するものがあった。成分品目として、不可欠なビタミンは漏れなく入っている。が、それで十分かどうかは保証の限りではない、と書いてあるようだ。

 そりゃそうだろう。一日の必須ビタミン量なんぞと云ったって、体格・体質・体調・食事状況によって、人それぞれだろう。気候・天候や労働・運動しだいで消費量も変ろうから、必然的に補給すべき量も変ることだろう。安心できる均一量など明示しうるはずもあるまい。
 だいいちビタミンというものは、食品における他の微量成分と同様に、長期間不足すれば体調に支障をきたす怖れがあるからといって、必要以上に摂取したところでまったく無用なもので、いたづらに排泄されるだけのものと、聴いた憶えがある。
 しかしそれでは商品説明にも広告にもならない。嘘にも誇大表現にもならぬ範囲で、つまりできぬ約束はせぬ範囲で、商品の狙いや訴求点を魅力的に表示しなければならない。
 これはこれで、コピーライターの苦心の作だなと、納得した。「一日分のビタミン」との商品名は、悪くないコピー力だと思うのである。

 過日ダイソーで、老眼鏡やら文房具やら何点かの小物を買ったら、レジカウンターで福引券をくださったので、小銭入れに突っこんだまゝにしてきた。抽選日がやって来て、商店街の中ほどに特設抽選会場が設置された。会議用の長机が巨きなテーブルクロスで覆われ、二台の抽選機が出現した。八角形の胴のひと隅に把手がついていて、それを握って胴をぐるりと回すと、中から色分けされた玉ころがポトンと落ちる、あれである。
 いつからこの形式なのだろうか。昭和二十九年に引越してきたとき、歳末大売出しの福引は、すでにこの形式だった。他の用途に流用できそうもない道具だ。ふだんはどこに仕舞ってあるのだろうか。道具だって代替りしていようし、こまかい改良も加えられていよう。あの頃の道具が生延びているはずはあるまい。

 ほとんど忘れかけていたが、私も抽選券を一枚持っていると、咄嗟に思い出した。が、少々立停まってはみたものの、抽選券を取出しはしなかった。翌日、別の用件で商店街を通った。抽選会場が見える少し離れたところに立って、また考えた。結局、抽選に参加しなかった。
 なん軒もの商店から受取った、なん枚もの抽選券をお持ちの奥さんもおありだろう。大きな買物をして、なん枚もの抽選券をまとめて受取った人もおありだろう。皆さんこの町の炭水化物でありタンパク質であるかたがたに違いない。お愉しみの機会は貴重だ。お笑いなさるきっかけは一度でも多いほうがよろしい。
 私ごときはと申せば、過剰摂取のビタミンよろしく、役に立たぬようなら明日排泄されるべき住民である。場面を思い浮べてみると、福引して当ったとしても外れたとしても、なにかしら似合しからぬ、しっくり来ない光景だ。
 期限切れの抽選券が手元に残った。