一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

録音



区の福祉保険課、加藤と申しますが、○○様のお電話でよろしかったでしょうか?」
  「はい、○○本人でございますが」
ありがとうございます。二月頃、申請書をお送りいたしましたが、期限を過ぎてもお手続きがなかったものですから、お電話申しあげました」
  「なんの申請書でしょうか?」(一回目

「保険制度が改定されまして、過去三年間分にまで遡りまして、余分にお支払いの医療費をご返金しなければなりません。○○様の場合、二万三千七百円ほどになります」
  「覚えがないなぁ。たしかにそんな申請書、私は書いた記憶ありません」
  「DM 類に紛れたんだろうか。捨ててないから、すべて洗い出してみます」
  「遅延手数料差っ引いて、今からご返金いただくことは、できますか?」
「それが、すでに申請手続き期限が切れておりまして」
  「なぁんだ。じゃあ私は、二万三千ナニガシをドブに捨てたわけですね」
「いえ、今からでも申請をお済ませいただきたきませんと」
  「なんの申請ですか?」(二回目

「新制度による今後のご返金のためです。またこれまでの二万三千七百円につきましても、金融機関の専門窓口にて、申請とともにお受取りいただくことができます」
  「どちらの金融機関ですか?」
「大手市中銀行です。みずほ銀行とか、三井とか三菱UFJ とか。お取引きおありですか?」
  「お付合いあるのは、みずほさんと三菱さんですが、三菱が好都合ですね」
みずほ銀行さんでは、いけませんか?
  「みずほさんの口座はちょっと特別なものなので、普段使いは三菱さんで」

「では区から三菱UFJ銀行へ申請手続き依頼の連絡をいたしますので、三菱さんから○○様の携帯に、ご連絡いたします」
  「携帯・スマホの類は、所持いたしません。メールはパソコンのみです」
「あ、それでしたらパソコンからネットバンキングをご利用くださってもよろしいです」
  「私の口座はいずれも、ネットバンキング登録しておりませんが」
「えェーっ、そうなんですかぁ」
  「かまいません。いずれの支店へなりと、私のほうから窓口へ出向きます」
  「そんなことより、なにを持参してどんな申請をするわけ?」(三回目
「それは金融機関さんのほうから。三菱UFJさんへは、区から連絡をとっておきます。週末ですので、○○様へご連絡がゆくのは、来週になりますが」
  「了解しました」
  「最前お名乗りくださいましたが、もう一度、どなた様でしたっけ?」
「区の、福祉保険課、加藤と申します。では、よろしくどうぞ」

 とうとう最後まで、いずこの区役所ともおっしゃらなかった。なんの目的でどんな項目を「申請」すべきなのかも、教えてくださらなかった。
 週が明けても、おそらく三菱UFJ 銀行からの連絡は、あるまい。もしもあったら、
 「すみませんが、当方老人につき、重要案件に間違いがあってはいけませんので、この電話は録音させていたゞいております。ご了承ください」
 まずもって、さようお断りいたさねばなるまい。