一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

 ダイソーで、三個組百十円の使い捨てライターを買っている。あれこれ試した結果、これに落着いている。
 同じ金額で四個組もある。割安ではあるが、着火装置がギザのついた金属リングを指の腹で回転させ、いわばヤスリで石を擦って着火する方式だ。若いころは使ったが、指先も老化してきている。楽をさせたい。近年は、カチッと電子着火するものを選んでいる。

 色違い三個組というのも、使い勝手がよろしい。目下使用中のものと、置き忘れたりしてふいの不自由に見舞われても急場をしのげるようにスペアと、常時二個を煙草ポーチに入れている。残量わずかとなってガス欠もようとなると、三個めを補充するわけだが、使用中の二個のいずれとも色が異なる。残量僅少、主に使用中、補充と三色異なるので、一目瞭然使い間違うことがない。
 ガス欠となれば補充。このサイクルに、三色はまことに都合がよろしい。二色では不便だし、四色以上あっても、無駄な多彩さだ。

 3という数字に、神秘的な意味を感じることが多い。二点では線か線分しか決定できなかったのに、三点めを打つことで突如として面積も角も出現する。四脚の椅子はガタつくことあっても、三脚椅子はガタつかない。
 天地人とか三人寄ればとか、古来云い慣わしてきたのは、3という数字の不思議さに、祖先たちも惹かれてきたからではなかろうか。東西南北のごとき四項対照は、具体的で空間的で、ひと言で申せば「この世的」だが、三項対照は抽象的で神秘的だ。四辺形より三角形のほうが、はるかに抽象度が高い気がする。
 自宅と勤務先以外に、酒場という第三の頂点を手中にすることで、人生はようやく面積を持つとは、社会人時代によく云われ、みずから口にもしたものだった。

 

上・中・下段順に、各段いっせい点灯。赤・青・紫の三色順番に。

 乾燥機の仕上りを待つあいだ、ランドリー前の飲物自販機で、ひと眼を惹くために点滅しているカラーランプを視ながら考えた。上中下各段横並び同時に点滅する。色は赤・青・紫の三色で、赤の下段のつぎが上段へ戻って青。青の下段のつぎは上段へ戻って紫。そして赤へと戻る順を繰返す。青が鮮やかなのは、青色発光ダイオード発明のおかげか。
 よく視ると紫は、赤と青を混ぜて白色光に近くなるような高等光学ではなくて、単純に赤と青とを同時に点灯して、それを紫と錯覚してしまう、いわば人間の視力の限界につけこんだものらしい。各ランプに、赤と青(aとb)、二本の回線がつないであるのだろう。

 各段横並びいっせいに点き、他段が点いているときには消えているということは、上段ランプは、かように点滅しているはずだ。

(上段)a.赤○○○○○赤○○赤○○○○○赤○○赤○○○○○赤○○赤○○○○○赤○○
    b.○○○青○○青○○○○○青○○青○○○○○青○○青○○○○○青○○青○○

 赤・青同時点灯する瞬間が、人間に紫点灯と見えている。これが各段順繰りに移動しているように点灯するというのだから、ひと齣づつズレて、中・下段はかようとなる。

(中段)a.○赤○○○○○赤○○赤○○○○○赤○○赤○○○○○赤○○赤○○○○○赤〇
    b.○○○○青○○青○○○○○青○○青○○○○○青○○青○○○○○青○○青〇

(下段)a.○○赤○○○○○赤○○赤○○○○○赤○○赤○○○○○赤○○赤○○○○○赤
    b.○○○○○青○○青○○○○○青○○青○○○○○青○○青○○○○○青○○青

 これで三段の飲料陳列が、三色順繰り点滅となる。各ランプとも、三回に一回、六回に一回、交互に均等持続リズムで点灯する。プログラムの鍵は「3」である。
 陳列棚が四段になっても、〇を一個づつ増やすだけのことで、変りなかろうと思われよう。が、今度は人間のリズム感が許さない。下段の次に上段点灯に移るから、途切れなく点滅し続けているように見えるのであって、四段では間延びしたリズムとなってしまうのだろう。上中下だから連続感が生じるのであって、上中下+下々では、連続循環感が乏しくなってしまうのだろう。

 もとよりスマホは所持しておらぬし、メモ用紙もボールペンも持合せぬ往来に立って、このリズム感を解明するには、少々時間を要した。
 乾燥機はあっという間に、作業終了のアラーム電子音を鳴らしてきた。