横浜文化体育館が長年の役割を了えて、ちかく取壊されると決っていた。レッドウェーブにとって、このコートでの最後の試合となる日だった。天気の好い日で、ハーフタイムには体育館前での定連ファンたちの談笑も、ひときわ盛上った。
試合は快勝だった。勝利試合の終了後には、ちょいとしたセレモニーがある。本部席脇のマイク進行係が、観客席に呼びかける。
「さて会場の皆さま、本日の殊勲選手インタビュー。誰にしましょうかねぇー、いかゞでしょうか皆さん」
マスコットキャラクターのレッディーが、応援席を眺めわたしながらコート内を歩きまわる。彼がファンから一人を選び出して、意見を求めるのだ。たいていは人気者の町田瑠唯か篠崎澪か、その日にスリーポイントが大当りした選手かが選ばれ、センターサークルに呼出されて、マイクを向けられる。
誰しも同じだろうが、了ったばかりの試合を想い返して、私ならどう応えるだろうかなどと考えていた。
「キラさん(内尾聡菜選手)ですね。ふだんから地味なプレーをコツコツとやって来ている選手ですが、今日のボックスアウト(ゴール下の領域確保)は終始お見事でした。シュートもよく当りました。それから、ねえレッディー、今日はこゝ横文(横浜文化体育館の愛称)でのレッドウェーブ最終試合でしょう? 名場面も数かずあったコートですし、ルイキャプテンの声も聴いてみたいです。今日は特別に、二人ってのはいけませんか。ねぇ、会場の皆さん、いかゞですか? レッディー、なんとかしてよ」
これが、咄嗟に思い描いた台詞だった。
サイドライン上を歩くレッディーと眼があった(気がした、なにせ先方は着ぐるみだ)。コートサイド最前列席に、場違いとも見える異様な爺さんが腰掛けているのだ。マズイッ! 眼を反らせた。
中身のご尊顔を拝したことはないが、これまで会場の隅の、観客から見えないところで、ひと言ふた言挨拶を交したことはある。神奈川・埼玉から新潟あたりまでは、追っかけ観戦してきたから、アノ爺さんまた来てるな、くらいには思われていよう。
が、本部席の偉いさんや企業関係者、選手のご家族、古くからのファンを含めて、この会場に私より年長者なんぞ、いく人もいらっしゃるまい。私なんぞが出しゃばってよろしいはずがない。
私の視線外しを瞬時に察知したか、レッディーは私の前を素通りしてゆき、とある小学生と保護者さんの前に立ち停まった。そういう観客なら、町田瑠唯を指名するに決っている。
それからなん年経ったのだろうか。今シーズン当初から、篠崎澪の最終シーズンになると報されていたという。シーズン途中で、先輩の内野智香英から今シーズン限りで引退すると報された。ともにことさら恩ある先輩だ。
福岡の高校を出た十八歳。自分なんぞが果して Wリーグでやって行けるのだろうか、自分はそれほどの選手なのだろうかと、不安だった。チームの主軸には、かつて全国高校三冠を成しとげた札幌山の手の主将町田瑠唯がいた。高校でも大学でもスタープレイヤーとして全国に知れわたったあの篠崎澪がいた。なんでも教えてくれた。他チームから内野智香英が移籍してきて、なにくれとなく好くしてくれた。
三人の先輩の走力は圧倒的だった。ひたすら引っぱってもらった。先輩がたより高さがあった自分は、せめてゴール下の地味で泥臭い格闘技だけでも頑張ろうと、粘ってきた。七番目の選手、六番目の選手、そしてスターティング・ファイブが定席となった。
今シーズンは目標がはっきりしていた。篠崎澪と内野智香英のためにプレーする。焦点をそこに絞った。プレーオフ決勝でトヨタ自動車に敗れはしたが、久かたぶりの W リーグ準優勝。
この選手は爆発などしない。飛躍的発展なんぞもしない。たゞ河原の小石を丹念にひとつひとつ積上げるようにして、着実にやってきた。
気づいてみれば、九月に WNBA シーズンが了れば戻ってくる町田瑠唯を除けば、チーム最古参となっている。