一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

池袋


 東口前ロータリーの中洲に立停まると、前方にも背後にも、高いところに巨大な電光画面。カラー動画が流れている。ニュースか商品宣伝か、映画かなにかの告知だろうか。中国語(簡体字)でコピーが打たれた日本語学校の広告もデカデカとある。百貨店の屋上からは地上へ向って垂れ幕。催物フロアの特設会場にて韓国物産展と韓国うまいもの展だという。

 一日延しにしたまゝでは、諸方へ非礼が重なるばかりだ。すっかり出不精となった身を鞭打つようにして、家を出た。
 まず、大阪で発行されている文学雑誌が稿料をご送金くださったので、領収証を投函。ポストは巣鴨信用金庫の正面なので、ついでに通帳記入。中身一見。いかにご無沙汰だったかを再認識。ファミマで煙草を補充してから、駅へ。
 百貨店内の浅草今半で、送品伝票を三枚所望。その場で書いて間違えてもならぬから、どこかで書くことに。
 「年寄りは書き損じするんでねぇ」「念のために多めにしておきます」顔馴染の女性店員さんが、複写式送り状を五枚渡してくださった。「珈琲飲むんで、一時間後くらいになります」「どうぞごゆっくり」
 タカセサロンの入口には、「ご注文の前に席をお取りください」の立札。混雑時に出現する立札で、カウンターにて会計を済ませたのに席がないとの混乱を防ぐためだ。いつもは二階席へ上るのだが、入口近くの二人用小テーブルが空いていたので、面倒臭い、今日は手近なそこに荷物と帽子を置く。アイス珈琲と餡ドーナツ。本日まだ、食事をしてなかった。食べ了って、送り状三枚を書く。さいわい書き損じを出さずに済んだ。

 猛暑のさなか、私の管理無知からパソコンに不具合を起した。顧問に出張していたゞき見事修復成ったが、急場のこととてろくにお礼もせず、ずるずる日延べしてきた。
 医療崩壊の最前線で眼の回るご多忙にちがいない医療従事者の友人が、ご郷里北海道の生産者にお手を回してくださり、巨大な夕張メロンが届いた。年に一度の至福を味わわせていたゞいた。ろくにお礼もせず、ずるずる日延べしてきた。
 英文学者の友人が、教職ご退職ののちは積年の資料収集を土台に、長篇小説を次つぎ刊行。第四作めをご恵送くださった。着想を得てから、二十年にもなるという。シェイクスピアを講じながら、彼はこんなことを考えていたのか。ふ~ん。ろくにお礼もせず、ずるずる日延べしてきた。
 浅草今半へ戻って、使わずに済んだ未記入送り状二枚をお返し。品物を視つくろい、発送依頼を済ませる。
 同フロアの両口屋是清に寄って、小さな手土産二個を視つくろう。地上へ上ると、次へ廻るまえに一服したくなった。

 ロータリーの中洲に喫煙所が設けられてある。疫病最盛期には立入禁止のテープでぐるぐる巻きにされていた。今は週末午後とあってか、過密状態だ。全員無言かつ無表情。馴れっこではあるが、冷静に眺めれば、ちょいと異様な光景。むろん私も、そのなかのひとりである。
 黄緑色の制服ベスト着用した二名の係員さんが、二台設置された吸殻投入箱の胴扉を開けて、湿った吸殻の山をバケツに移しておられた。おふたりともご高齢。私と同齢くらいか。第二か第三の人生であられることだろう。
 灰が長くなったので近づき、どうせなら投入箱よりバケツに直接ではいかゞかと、
 「こゝへ入れても、よろしいでしょうか」「どうぞどうぞ」「失礼します」
 それを潮に、あとからあとからバケツに直接吸殻を投ずる人たちが現れた。皆さん無言、無表情。そういうもんなのだろうか。
 吸殻の山をバケツに回収し、棕櫚箒と塵取りで眼に着いた地面のゴミを、丹念に掃除。それ自体は重労働でも力仕事でもあるまい。だが今日のような日和ばかりではあるまい。猛暑もあれば、雨天も強風もあろう。この仕事は、はたして俺にも務まるものだろうか?
 箒と塵取りを喫煙所隅っこの、仕切り壁と植栽ポットのわずかな隙間に立掛けるかのように収納なさった。頭隠して尻隠さずみたいに、道具類の柄が丸見えだ。しかし長年この喫煙所を利用させてもらってきながら、こんな所に道具類がと、初めて気づかされた。作家志望の学生たちに向って、なによりも観察が大切などと、よくもまあ能書き垂れてきたもんである。


 「古書往来座」さんへ。ご店主瀬戸さんも、野村店長さんも、さいわいご在店。関係している学生サークルがご指導いただいているにもかゝわらず、久びさの無沙汰挨拶。また近いうちに時間をとっていたゞいて、相談にお乗りいたゞきたい旨をお願いする。
 いよいよ本や資料書類など、紙物の始末にも着手せねばならない。このまゝ私の手元にあったのでは汚れたり、傷んだりする一方だし、数は多くないけれども、稀覯本に属するものや、散逸しては惜しいものも、ないではない。もはや再読も活用もできそうにない私なんぞより、役立て可能なかたのお眼に着いて欲しいものは少なくない。

 やれやれ、という次第で、逃げ帰るように私鉄に乗り、わが町へ戻る。「祭や」さんご開店の十九時までには、まだ小一時間。いつもの「博多屋」さんのいつもの席にて軽く。店は往来に面して全面素透しガラスだから、通りしなに横目でなかを窺い、この席が空いてなければ入店しない。
 せっかくの外飲みだ。家では絶対口にできないものを。本日は焼トン、レバー。
 「祭や」へ移る。当店の番兵たる少年には、当ブログに写真付きでご登場願ったことがあった。ギャラの支払いがまだだった。残り一個の手土産小箱を保護者たるチイママにお渡し。これで肖像権はチャラだよと、念を押した。