一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

微生物君たち大移動



 一週間あまり陽にあぶられ、雨にも打たれ、石を載せたブロックがだいぶ地に沈んだ。穴に詰めた枯草が密度を増し、地に馴染んできたのだろう。


 重しをどけてみると、ブロックの跡が見事にへこんで、一面に白くカビが生えている。枯草の下に敷きこんだメロンの皮が、猛烈な勢いで発酵していると見える。ダンゴムシや名も知らぬ小虫に混じって、微小な赤アリが活動している。匂いに釣られて、出張ってきたものだろう。食われたり刺されたりすると、痛かったり痒かったりして、あとが面倒な奴である。
 余談だが、アリという連中は図体の巨きい奴ほど、気性が優しい気がする。めったに人に食いついたり刺したりはしない。まただいぶ以前に、公園のベンチに腰掛けて、タイル敷きの地上を忙しく作業して廻るアリたちを観察したことがあったが、タイル間の溝で巨きい奴と小さい奴とが正面衝突しそうになると、決って巨きいほうが身をかわすという習性を発見したことがあった。

 さて穴埋めだが、前回は枯草を穴に詰めることにばかり頭が行って、ろくに土を掛けなかった。放っておいても、微生物など周辺からいくらでもやってくるだろうと踏んでいたからだ。だが微生物の目盛で考えてみれば、餌の塊だけが大量に詰められて、微生物自身の個体数が足りなかったことだろう。


 今回はまず、スコップに軽く二杯ほどの土を振りかける。数え切れぬほどのなにものかが棲息していることだろう。動物寄りの微生物たちだ。餌と植物寄りの微生物であるカビとが豊富な地へと、突如投げ込まれたことになる。
 その上からさらにたんまりと、枯草を詰めこみ、盛上げることとなる。

 枯草は眼と鼻の先、私の足で四歩か五歩の所に、格好の山がある。いや一週間前には山だったものがすっかり嵩を減らして、なだらかな丘になっているものがある。表面部分を抱え上げようとすると、ジャワジャワと鳴って粉となり地に降るほどの、見事な枯れようだ。剪定鋏で切り刻めばもっと密度を稼げるのだろうが、そこまで親切に手をかけるにも及ぶまい。生前茎だった部分も、あっけなくポキポキ折れるから、折り曲げたり引きちぎったりしながら、穴に詰めてゆく。
 ところが見事に枯れ尽しているのは山の表面だけだ。地表近くは降雨を貯めてじめじめしていて、植物の死骸も黒々と腐りかけている。例によってダンゴムシとハサミムシのコロニーとなっている。
 丘の半分ほどを穴埋めに使い、残りは乾燥を促進させるべく、上下を返した。ムシたちを突如襲った災厄は尋常でなく、パニック状態で四散してゆく。

 かくして穴に枯草を詰め、さらに盛上げた。最高級の将棋駒が、小刀で彫った字のうえに膠で溶いた墨を詰め、さらに盛上げるようなもんだ。ブロックと石とをふたたび頂上に載せる。安定せずグラグラする。質量と重力の天然自然によって安定を得るまでには、なん日かを要することだろう。
 猛暑の時期に較べれば、陽射しがかなり優しくなってきたとはいえ、作業する老人にとっては楽ではない。本日作業はこれだけで切上げにする。