一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

わらしべ長者


 今季初物。赤ん坊の頭ほどの巨大な梨だ。

 ご縁がなければ生涯眼にする機会もなかったはずのセレブ月刊誌『ナイルスナイル』から、思わぬ取材を受けた次第を、九月一日に書いた。お眼にしてくださったご近所の大室さんの奥さんから、その雑誌ぜひ一見に及びたしとのご連絡があった。見本バックナンバーと掲載誌との二冊が手許にあるので、いつでもどうぞとお応えしておいた。

 着物や俳句や書道、編集やパソコンや郷土史ほか諸芸百般を身に付けられたスーパー奥さんで、東日本大震災直後からご夫君ともども東北地方へと移り住んで長期間の支援に入られ、獅子奮迅のご活躍をなさった。想像するに最前線の現場では、できることはなにかなどと悠長に考えていられる状況ではなく、立場も資格も経験も関係なく、あれもこれもヤルッキャナイという差迫った必要のなかで、岩手での移動図書館を振出しに宮城・福島と居を移されながら、ご夫妻協力の何年かを過された。
 東京へ戻られてからも、へぇ世の中にはさようなお仕事もあるのかと、私ごときには想像つきかねる、さまざまなお役目を果してこられた。
 今回はまた、いずこかの筋からの仕事で、セレブ雑誌の企画編集にでも関係されることになったか、『ナイルスナイル』を参照なさろうとてかと、私は即座に見当を付けた。
 ―― いくつお仕事をなさるおつもりか。今度はまた、なにごとが始まるのか?

 で、本日ご来訪。伺ってみたら、私の見当は外れていた。だいぶ以前にご夫君がこの雑誌に、執筆者として関わっておられたとのこと。
 ―― へぇ、この雑誌、まだ続いてたのかぁ。懐かしいなぁ。
 とのことだった。それは奇遇。歓んでお見せし、お持帰り願った。
 お手土産とおっしゃって、福島から今日届いたばかりという巨大な梨を頂戴してしまった。支援活動をとおして結ばれた絆は今も固く、かように産地直送の特級品が届くそうだ。以前には、三陸から届いたとおっしゃって、牡蠣と帆立を頂戴した。今回は福島である。
 

 お土産はもうひと品あった。スプーンだ。こちらは新潟の燕三条からとのこと。ナイフ・フォークを始めとする金属洋食器や調理器具や刃物の名産地だが、工業デザイナーや技術者が多い土地柄ゆえ、現代ではセラミックや樹脂製品も多彩なのかもしれない。
 奥さんのご説明を皆まで伺うまでもなく、スプーンの形をひと目視て、これは好いと私には用途が直観できた。アイスクリームやヨーグルトのカップの、側面と底面の継目の角まで無駄なくすくえるスプーンである。
 冷凍庫にはチョコミント味のアイスクリームが買い置いてある。さっそく試してみたことは申すまでもない。期待どおり、まことに具合がよろしい。末永く愛用しようかと思っている。

 ただで配布された見本誌と掲載誌が、大ぶりの梨と意表を衝くスプーンに化けた。ちょいとしたわらしべ長者の第一歩といった気分である。