一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

ペースメイカー


 わが日常生活のペースを、なにが維持してくれているのかと申せば……。

 起床後の体調測定値を、とりあえず手もとの紙束にメモしておく。裏白の A4 判反故を四つに折って文庫本サイズとしたものを、大きめのクリップで束ねただけのものだ。一面に一週間ぶんのデータを書きこめる。裏返しながら四週間ぶん書ける。文書を作成したりプリンタをご利用なさるかたはご同様だろうが、向うなんか年ぶんのメモ用紙など、造作なく溜る。
 ある程度データが溜ったら、「日々録」帳面に転記して、永久保存となる。これまた文庫本サイズの、なんとも可愛らしい帳面で、ダイソーにて三冊組百十円にて買っている。
 体調数値をメモしただけでは、紙束メモの右半分が余白となる。外出したりゴミ出ししたり、来訪者があったり来信来電来簡があったり、その返信を投函した日には、ちょいと書きこんでおく。そんな些細なことも、二三日するうちに、さてなん日前のことだったかと、前後の記憶が曖昧になってしまいかねぬからだ。書きこみのうちでも、長く記録すべき事項は、なん日ぶんかまとめて、こちらは手帳のカレンダーページに転記してゆく。
 つまりダブルノートだ。けっしてやってはいけないと受験生が指導される、非能率的な方式である。改善の余地おゝいにある悪癖だ。

 紙束メモをつらつら眺めていて、ふと気づいた。食糧買出しペースに法則性がある。買出しなどと大袈裟な。川口青果店とサミットストアとビッグエーくらいしかないのだけれども。それはともあれ、どうやら三日か四日に一度、私は食糧の買物に出掛けている。
 理由を考えて、思い当ったのは、納豆だ。発泡スチロールの小船入り納豆が、三個一組で包装されてある。各メイカーとも、商品体裁はほゞ同じだ。冷蔵庫の扉を開けて、これが底を突いていると、もしくは残り一個になっていると、私は買物に出掛ける気になるらしい。
 ほゞ毎日一個づづ消費するといっても、玉子は十個パックだから、これを目処としては間遠に過ぎる。野菜類では消費速度が一定しない。魚缶詰や茹で小豆缶でも同様だ。商品体裁と消費ペースの関係を考えると、納豆ほど安定ペースで消費している食品は、私の場合ほかにない。そうか、こいつが俺の行動目盛だったか。ほんの少し、納豆の評価が上った。
 それにしても納豆と玉子……。つくづく肉類を食わぬ男である。大好物だったのに。

 夏うちは足が速いとの理由で控えていた煮物炊き物類を、この陽気だから再開することにして、カボチャはすでに今季二度炊いた。炊けば朝晩食膳に載せ、さっさと食ってしまう。引続きおもむろに再開ということで、ヒジキを炊く。炊き合せは人参と大豆と竹輪。生姜を刻みこみ、大北君より拝領の鷹の爪を大事に乾燥保存してあるから、それを一個、細かく砕いて投じる。おかげで満足のゆく味に仕上がった。

 わずかに竹輪だけが魚類食品だが、こゝでも肉類の出番はない。ほゞ毎日摂取する肉類と申せば、ウィンナソーセージのみだ。牛肉の味など、ろくすっぽ憶えちゃいない。まだ出勤ということをしていた時代には、炊事時間が惜しくて、駅前の松屋に飛びこんで、牛丼を愛食したもんだったが。この一年で牛肉といえば、到来物の肉佃煮をありがたく賞味しただけだ。
 豚肉は肉じゃがをなん度か仕込んだから時おり。ベーカリーにカツサンドイッチがあるから、縁起担ぎにこれも時どき。博多屋のハムカツは、あれは豚肉とは称ばないか。
 大好物はカツ丼と公言していた男が、ひねくれた老化をしたものである。