一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

次世代

デヴォン・ロドリゲス(1996 -  )

 ニューヨークの画家デヴォン・ロドリゲス(Devon Rodriguez)のユーチューブ・チャンネルには、私も登録している。

 2019年10月に登録された彼のチャンネルは、現在登録者数477万人、総視聴回数は11億8500万回である。そもそもはティックトックに上げた動画で世界に広まった人らしいが、登録していない私にはデータを覗きようがない。たゞいかなるメカニズムか知らないが、ティックトックに上ったスマホ撮影の縦長動画が、ほんの一部ユーチューブで観られるので、どんな動画かはおゝよその見当がつく。
 ユーチューブ動画は、よりいっそう進化しているから観やすいが、アイデアと演出の基本骨格は同じだ。

 ニューヨーク市営地下鉄の座席に腰掛けて、正面に腰掛ける乗客の姿か顔を、A5 判ほどの小型スケッチブックに驚くべき速筆で鉛筆デッサンする。クロッキーなどといったレベルではなく、細密なモノクローム肖像画である。
 仕上ると「イクスキューズミ―・サー」「イクスキューズミ―・ミス」と話し掛けて、肖像画を進呈する。その過程と相手の反応とが、動画に収められる。

 見ず知らずの青年から突然話し掛けられて、だれしも一瞬怪訝な表情を浮べたり、面倒臭そうにイヤホンを外したりする。なかには物売りか勧誘かと早合点して、迷惑顔したり首を横に振ったりする人もある。が「あなたを描かせてもらいました、どうぞお持ちください」と渡された画を一瞥した瞬間、眼を丸くしたり息を呑んだりする。そして満面の笑顔に早変りする。
 「スゲーなこれ、ほんとに今描いたのかよ?」「ステキ、私ってこんななのね」「いくらだい? 只だって、嬉しいけど、いいのかい?」「この齢になって初めて、自分の肖像画を観たよ、ありがとう」「超クールじゃん。もしかしておまえ、ビッグな奴じゃねえだろうな」
 野郎同士の固い握手を求めてくる男があれば、ハグしてくる女性もある。座席から立ち上ってすゝり泣きし始めた女性まであった。顔じゅうにタトゥーの入ったコワモテのマッチョが、一瞬で少年の表情に変ったりする。けっして画一ではない、人それぞれの、時には意外な表情に興味尽きず、次の動画も観てみようとの気になる。11億8500万回は伊達ではないのだ。

 SNS 上の圧倒的視聴回数に、地上波メディアも注目し始めた。テレビ番組では彼を「サブウェイ・アーティスト」と称んでいる。彼にとって鉛筆デッサンは修業の一環で、ファインアートのタブローも描き続けてきたのだけれども。
 いくつもの局が、ニュースショーで彼を扱った。ある番組では女性レポーターからインタビューを受け、彼女がスタジオに帰ってキャスターや視聴者にビデオ紹介した。インタビューの最後に、「そんなにすぐ、たとえば私を描けるの?」「はぁ、もちろんです」
 デヴォンさんはサゝーッと描いて見せた。レポーターは本番放送のなかで、その画を嬉しそうに自慢した。
 別の番組では、ジェネレーション・ネクストというコーナーにゲストとして招かれて、メインキャスターから対談形式でインタビューされた。
 「ようこそスタジオへ、デヴォンさん」
 「あなたに直接お会いできるというので、ワクワクしながら、やって来ました」
 羽鳥さんと一度お会いしてみたかったかったんです、みたいな場面だった。

 サウスブロンクスに生れたデヴォン少年は、物心ついたころから人物画を描き始めた。家族や自分を描いた。初めは、日本の幼稚園児がママとお日さまとチューリップとを並べて描いた画と、さして変らぬように見える。思春期ころから、たゞならぬ絵心がほとばしり出している。祖父の言葉からも父親からも影響を受けた。各年代の自画像が保存されてある。求められたからといって、それらを公開できるのは、たいしたものだ。自信があるというよりは、率直で飾り気がないのだろう。
 SNS 上の出来事はすべからくさようであろうが、二匹目三匹目の泥鰌を狙ったチャンネルがいくつか登場している。おゝかたにご想像がつくだろうが、● ●人の青年画家の手による。素人眼に拝見したところでは、画力に遜色はない。たゞ動画から、温もりが伝わってこない。それでも視聴回数は100万回を超えている。