一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

ハム



 季節である。毎回、同じことを考える。過去の日記には、おそらく同じことが書いてある。読み返さないけれども。

 歳暮・中元の儀は、ほとんどしない。お返しはと、先方の頭を煩わせてしまうくらいなら、初めから「お互いさま」といった態度で臨むべきと考える。
 例外はふたつ。一は遠方の親戚。親しい心もちは抱いていても、めったに会う機会がない。おかげさまでなんとか生きておりますとの想いを、形にしておく。無沙汰の詫びである。二はこの半年間にもお世話になったかた。仕事を世話してくださったり、格別のご好意に与ったり、なにか物を頂戴したのに当方からのお礼が行届いてなかったりする場合で、歳暮というより、遅ればせながらの「お礼」といった気持だ。

 後者には、品を選ぶ。先さまのお好みや生活習慣、ご家族構成などを考慮する必要があるからだ。必然的に、あちこちの店を歩いて手配することとなる。
 前者には、毎回似たものにする。そっくり同じものでは開封に愉しみも少なかろうから、同一系列といった感じか。あそこから、またアレが来たよ。毎回判で捺したようで、気が利かないねえ、どうやら変りないと見える。と、これくらいがちょうど好い。同じ品をいっせいに送るから、百貨店のシーズンセールを利用する。

 百貨店セールでは、ハム類と決めてある。日持ちがして、先方でご自由にご活用いたゞけるからだ。中元では、スライスされたり小分けされたりした商品の詰合せとする。暑いさなか、調理の手間なく、そのまゝ食していたゞけることが肝要だ。歳暮では、塊ド~ンが望ましい。年内にだろうが正月にだろうが、あれこれ調理按配して召上っていたゞけるようにだ。それがお愉しみのひとつになってくれゝば嬉しい。
 同じ値段なら、なるべく荷姿の小さいものを。母が常づね云っていたことで、私も同感、踏襲している。ハリボテはみっともない。見てくれは冴えぬが、食してみたら品質はさすがだった、という品が望ましい。


 というわけで今季は、布巻き熟成の塊ド~ン。
 早期申込み割引きだの、送料サービスだの、百貨店によるシーズンセールならでの特典は、目ざとく享受させていたゞく。たゞし会員カードの類はいっさい利用しない。いかに特典があろうとも、あらゆるお約束・契約を煩わしいと感じているからだ。
 五十年配のご婦人が受付業務をご担当くださったが、一瞬不思議そうな顔つきをなさった。どうして? 古くからご愛顧のお客さまでしょうに。
 はい、おそらくはあなたがお生れになられる前から。というより、こちらの百貨店さんが、ご開店なさった当初からです。その前こゝには、東横デパートという小ぶりな百貨店が建っていましてね。その向うには、学芸大学附属の師範学校があって、グラウンドの金網がズーッと続いていたもんでした。

 まさか。そんなことを口に出したりはしない。
 この日記も、ネタバレになる気遣いはない。親戚に、この日記の読者はない。たぶん。