一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

冬の訪れ



 鍋料理と熱燗の季節、ということなんだろうが、私の場合は煮物の季節だ。

 われながら機嫌がよろしい。いつもと同じ値段の生椎茸が、つねにもなく肉厚大ぶりだったからだ。どんこ椎茸と称んでやっても。買物まえにあれこれ思案したとおり、鶏肉と長ねぎと人参を合せて、煮びたしとした。
 シーズン始めに、なにかひと実験。漬け汁に鷹の爪を刻み込んでみたら、どういうことになるのだろうか。ふだん甘口に仕上げている私の味に、異質のパンチ力が加わるだろうか。さいわい大北君より拝領の鷹の爪を乾燥保存してある。辛味がそうとう強く、どんな用途でも一度に一個づつしか消費しないので、愉しみに少しづつ使ってまだ残っている。


 さてこゝでひと思案。漬け汁に辛味を付ける場合には、引きかえに醤油を少なめにすべきか。その場合、酒や砂糖とのバランスはいかにすべきか。料理酒については、味醂を使わぬからそのぶん多めに差しているだけのことで、こんなもん少々多めだろうが足りなめだろうが、たいした問題ではないが、砂糖については考えどころだ。
 仕上げ後の柚子だの他の柑橘類だの気の利いたものはないから、すべて漬け汁段階での米酢の加減ひとつに任せているわけだが、こちらの量も考えどころだ。

 鷹の爪の効果やいかに。これが今回の主題だからと、醤油はいくらか手加減した。と、塩味とのバランスで酢も加減することになる。酸っぱいばかりの漬け汁では索然とした味になりそうだから。
 調合して沸いた漬け汁に菜箸を浸して、先端を嘗めてみる。アレッ、予想した味ではない。案に相違して、力が弱い。が、とかく調味料は、舌で直接味見したのと具に吸わせたのとでは、効果が異なる場合がある。ましてや鷹の爪の味は、じっくり染み出してあとから効いてくることがある。へたに味を足して、下品な濃い味にしてしまっては情ない。そのまゝ冷ますこととして、具の素揚げに移ったのだった。

 さて漬けこんで、具への浸透を応援するラップ掛けして、冷蔵庫で丸一日。試食となった。ウ~ム、不味くはない。具そのものの味はかなり引出されているし、鷹の爪もかすかに主張してはいる。が、やはり思ったより薄味だ。老人食、高血圧食といった感じがする。
 今回の学習。漬け汁に鷹の爪は有効。たゞし塩味・甘味・酸味のバランスに手を付けるべきではない。あくまで従来の味つけのまゝ、プラスワンとして鷹の爪を投じるべきである。
 加えて、具として長ねぎはすこぶる有効。このポジションをピーマン・かぼちゃ・茄子などが占めていたことがあるが、長ねぎは茄子と双璧。つまりは漬け汁をよく吸って味を出すということに過ぎないのだけれども。

 ともあれ一日二回、四日間ほどは、これで考えたり愉しんだりできようか。
 疫病がぶり返しただの、第三次世界大戦の危険が仄見えるだの、皆さんご不安を抱える年末を迎えられるのだろうに、はなはだ面目なき極楽能天気である。