一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

道端の冬


 フラワー公園で、冬の色につい足が停まった。陽射しに恵まれた午前だ。空気は冷たいが、風がないので心地好い。イケネッ、今日は用事が多いんだった。

 まず散髪。マスターと今年最後のご挨拶。疫病規制以来止めていた顔当りもお願いする。二年以上ぶりだろうか。
 近所に外国人学生寮があって、常連客に中国からの留学生がある。この暮れ正月は帰国しないそうだ。現在の国家元首とその取巻きは、おしなべて好きになれぬという。当店の外では、あまり云わないほうがと、マスターからたしなめられたらしい。日本人の耳にだって、すこしは注意しなさいと。
 南京市からやってきているとのことなので、他意はないことを十分前置きしたうえで、あるときマスターは訊ねた。戦時中の南京事件を、現在の市民はどう云い伝えているのかと。あれは蒋介石一派の人びとのことであって、直接関係ある南京市民は現在一人もありません、との応えだったという噺。

 鋏の研ぎは自分ではできぬそうだ。現在の、ことに業務用の高級鋏にはレアメタルが含有されていて、普通の研ぎかたではないらしい。安くもない外注費だそうだ。
 理容学校では、目の細かさいろいろな砥石を三個も買わされて、練習用に鋏を一丁駄目にして、さんざん練習させられた。あの三万円はなんだったのかという噺。

 マイナンバーカードなんぞどうでも好いと思っておられたものの、ご母堂からしきりと勧められて、ついに手続き済まされたとこのと。
 カード導入により、国保や老人医療保険証が使えなくなっては困るが、そうでもなさそうなので急ぐ気はない、と私。
 そのとおりです。手続きしたということで、一ポイントだけ付いてましたが、あのポイントって、なんでしょうかねぇ、とマスター。

 毎回、散髪終了後にマスターも私も一服。お茶とお菓子を出してくださる。ご馳走になりっぱなしも心苦しいから、一年の最後くらいはと、両口屋是清をひと箱受取っていただいた。

 筋向うの音澤さん邸。鬱蒼と枝葉を繁らせていたネズミモチを、バッサリと処理なさった。剪定というよりも、伐採と表現したいほどの大胆さだ。
 ご近所にあっては、鳥たちのハブ樹木だった。ヒヨドリは四方八方どちら方向へ行くにもまずこの樹の梢あたりに立寄って、周囲の安全や天敵の有無を確認してから、目的方向へと飛び立っていった。数え切れぬ数のスズメがこの繁みに集り、会議しているものか悦び合っているものか、やかましいほどに啼き交していた。近くの電信柱やベランダ手摺から様子を窺うカラスたちも、この樹木の中へは入ってこなかった。

 拙宅の桜葉は、一葉残らず散り了えた。