一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

三角野郎


 暮しからテレビを消去して何年にもなるが、さほど不便と感じたことはない。耳に届かなかった情報は、人さまから教われば好い。ただし正月の駅伝放送を、専門家の解説付きで同時観戦できないことだけには、少々不便を感じる。

 「ニューイヤー駅伝」の場合、実況音声も解説も抜きであれば、観戦できる。ユーチューブの「TBS 陸上ちゃんねる」で、四台のカメラを回しっぱなしにしてくれる。アナウンサーや解説者の声はいっさいなく、沿道からの声や音など、手心なしの環境音をマイクが拾うだけだ。ときに選手の呼吸音まで聞える。
 各チーム出場選手の顔触れや、チームの仕上りや、下馬評などにお詳しい視聴者には、かえってよろしいかもしれない。これが W リーグ(女子バスケットボール)であれば、私もそのほうが愉しめるかもしれないが、駅伝についてはそこまで詳しくはない。解説者の指摘やアナウンサーからの情報提供によって、初めて納得できることがあまりに多い。

 パソコンでのライブ映像だから、画面右手にチャット・ウィンドウがあって、視聴者がどんどんコメントを投稿してくる。質問疑問も混じる。お詳しい視聴者からの返答も混じる。途中からチャンネルに入ってきた視聴者の挨拶も混じる。
 私はチャットに参加しないが、そうした応答から耳寄りな情報を得ることもある。

 長時間番組のライブチャットにはありがちだが、競技進行とは当面関係ないウンチクを挿入してくる人や、脇道へそれた感想意見をぶっこんでくる人もある。こんなのがあった。
 「オジンが、なんか唄ってる」
 「レースの邪魔だろう!」
 「民謡かな、そんな感じ」
 「ブロックできないのか」
 かなり続いた。スタート・ゴール地点の県庁前だけでなく、途中なん箇所かに、笛太鼓での応援場所がある。たいていは景気の良い八木節が演奏されている。
 たしか全長百キロで、七つもの市町村を駆け抜けるコースだ。各市町がそれぞれに効果的な盛上げを工夫したにちがいない。放送車が通過するときに、自然環境音として、マイクがその八木節を拾ったわけだ。
 「八木節らしいね」
 「駅伝に関係ねえよ」

 アノネェ、全六十七回の大会のうち最近の三十六回は、毎年元日に群馬県で実施されてきたの。今や風物詩的イベントですよ。投稿なさってる視聴者さんに、それ以前の伊勢路を走った時代を憶えている人なんて、ほとんどないデショ? 
 群馬県もコースに当る市も町も、全国に誇れる行事として、準備にも運営にも心血を注いできたの。だから沿道からは八木節が聞えてくるワケ。八木節は全国に誇れる郷土文化だと、群馬県民ならほとんどのかたが信じておられるからね。全国から参集した選手・関係者・応援観客を歓迎しているワケ。またテレビ画面越しに、全国の視聴者に向けて郷土からの挨拶を発信しておられるワケヨ。

 邪魔だ、ブロックできないか、関係ねえ、なんぞと投稿した君。本当の陸上競技ファンじゃないでしょう。昨日今日の、ニワカ成りすましでしょう。
 スポーツばかりじゃない。芸能だろうが祭だろうが学会研究会だろうが、大きなイベントの下準備に汗を流した縁の下の力持ちがたへ敬意を払えないでは、人として欠陥アリでしょう。
 それとも、八木節をご存じなかったんですか。過去何年前に遡ろうとも、群馬県で開催された大会では、どこかで八木節が演奏されていたはずですよ。君は、今年初めてニューイヤー駅伝をご覧になったんですか? それにしては、態度デカイですねぇ。

 ネット社会って、こういうもんですか。一夜明けても、まだ不愉快だ。