一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

紙牡丹



 友達に魚淵って男があるんだが、こいつがどうもねぇ……。

 魚淵の家の牡丹は、他に比べるものありえないほど見事だと、もっぱらの評判でね。次つぎ口コミに伝わって、近在はおろか国ざかいを超えた信州外のお人までが、わざわざ観にやって来られようって日々なんだ。

 あたしも今日、通りがかりに立寄らせてもらった。十メートルもあろうかという立派な花壇がしつらえられてね、ふいの雨にも対応できるように蔀(しとみ)って、つまりハウス設備だねぇ、今風に完備されててさ、噂どおりたいしたもんだった。
 白に近い花、紅や紫が濃い花、隙間もなく咲き揃っているんだが、葉陰にいくつか、黒い花と黄色い花とが覗いたりしている。こりゃ珍しい、こんな色の牡丹を眼にするのは初めてだ。誰だってわが眼を疑わずにはいられっこねえや。こいつぁ評判を取るのも当り前だと、感嘆ひさしうしたねぇ。

 ひとわたり眺め了ったところで、待てよぉ……って気が起きたのさ。道を戻って、黒花の前にしゃがむと、心を静めてとっくり眺めてみた。心なしか表面がぱさぱさと水気乏しく、見すぼらしい気がする。周りの花が今を盛りのお嬢さんたちとすれば、黒花だけが死んだもんに厚化粧を施したような印象で、とにかく艶がない。
 果せるかな、この家の主人が造花を按配して、葉陰に括りつけておいたものと判明した。なんでえ、詐欺じゃねえか。とまあ、誰しも思うわな、一度は。

 けどよ。さらにもう一度、考えてみたのさ。
 花を愛でる客人たちのために、床几が並び緋毛氈が掛けられてある。腰掛け料を取ってるわけじゃねえんだぜ。茶だの菓子だの甘酒なんぞが振舞われたりさ、あろうことか希望者にはちょいとひと口、酒まで出されるんだぜ。全部ロハ、タダ、無料でだぜ。
 毎日のようにやって来る客人に、ただひたすら愉しんでもらいたい一心なんだ。無邪気、お人好し? そうとも云えようねぇ。間抜け、馬鹿? そうとも云えようねぇ。浮世離れ、粋人? そうとも云えようねぇ。
 ところで、その程度しか云えないかい? それがあんたの限界かい?
 ま、それはともかくだ。いくど想い返してみても、おかしな奴さ。

   紙屑もぼたん貌ぞよ葉がくれに  一茶

一朴抄訳④