一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

踏ん切り


 今年、奥州路へ修行の旅に発とうと思い立った。頭陀袋を首から提げ、小さめの風呂敷包みを背にして歩く自分の、道に映った影法師だけ観るとね、おっ、すっかり西行法師! まんざらでもない気分だったねぇ。
 ところがさ、いくらナリばかり整えてみたところで、料簡がさっぱりだぁね。雪に墨染ってわけだ。似非法師、西行に姿ばかりは似たれども、心は雪と墨染の袖ってね。チグのハグよ。

 梅雨空模様だった。今さら分相応のナリに着替えるってのも照れ臭くてさ、そのまんま卯の花月の十六日だったかな、長年寝起きしたボロ家を後にしたんだった。
 二三里、そう十何キロも歩いた頃だったろうかねぇ、細杖つく道つくづく想うわけよ。あたしも六十の坂へとさしかかりさ。一夜の月にたとえれば、とうに西の山に傾いちまった齢だ。修行を了えて無事に帰って来ようなんて、虫の好いことこと考えちゃいるが、あの白川の関を越えてもっともっと向うまでっていう、大それた旅だからねえ。
 ながらへて帰らんことも白川の関をはるばる越ゆる身なれば……ってわけだ。

 行く先ざきでボロ笠菰被りの倹約・辛抱・精進徹底したとしてもだよ、逆に菅笠と俳諧の集いご提供の歓待されたにしたところでさ、命永らえて帰って来られる見込みなんて、十にひとつもねえんじゃねえかと思えてきてねぇ。発心したときの意気込みはどこへやら、すっかり心細くなってきちまった。
 そうなると、いけねぇや。沿道の家いえで鶏が時を告げる声がね、トッテカエセー、トッテカエセーって、こちとらへ呼びかけてくるように聞える。一面の麦畑に風が渡って波紋を描く、いわゆる風の足跡もね、もっとゆっくり、ゆっくり歩いていいんだぜと、こちとらを引留めにかかってくるわけさ。これじゃあ、マイルは伸びねえわ。

 とある木陰にて、どれ、ひと息入れるとするか。脚絆はずして疲れの溜ってきた脛を揉みさすってみる。なんとも頼りなく、またみっともなく痩せ細っちまったもんだ。自分で云うのもなんだが、いささか無理の効く、丈夫な足だったんだが、いつの間にやら……。
 顔を揚げると、おらが村柏原はあの山の向う、ちょうど雲がかかってるあの下あたりだろうか、なんぞと思われて、情ねえことに後ろ髪引かれちまってねえ。

  思ふまじ見まじとすれど我家哉  一茶

    おなじ心を
  古郷に花もあらねどふむ足の
     迹へ心を引くかすみかな  一茶

一朴抄訳⑤