一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

雪景色


 「この山道を往きし人あり」って、まったくだなぁ。

 豪雪に見舞われたかた、道路網が遮断されて渋滞・迂回のかた、乗物の運行中止や遅延でお仕事に支障をきたしたかた、まことにお気の毒。拙宅周辺は煮物のさい鍋底に砂糖を敷いた程度。それも土の上だけ。コンクリートアスファルト部分は、すでに小雨に溶かされ果てて濡れただけの様相だ。申しわけない気にすらなる。

 従兄からの賀状には、年々雪掻きが辛くなり、ご近所の若い衆に手を貸していただくと、添書きしてあった。さようさよう、もう屋根に揚がってはいけない。軒下を通ることもならない。面目なくても、かたじけなくても、お若い衆にお任せなさい。
 と云ってやったところで、彼は屋根に揚がるんだろうなあ。暮れ正月の何年ぶりかの豪雪が、まだ片づかなかろうに、立春の寒戻り。できるところまでは自分でやるとか云って。
 自作農で、市役所にも長年勤めて、定年後は教育や防災の地域活動に飛回って、アンタはもう十分働いたんだ。お若い衆も当然知ってくれているから、甘えたらよろしいでしょうが。

 娘たちはいずれも遠方へ嫁にやり、いちばん上の孫は今年早稲田に入ったというじゃないか。十分じゃないか。
 親しくしていた教授陣はあらかた退職してしまったので、ろくにお取次ぎもできないが、よんどころない場合でもあれば、筋道をたどって間接的な口利きくらいはさせてもらうさ。
 とにかくアンタと奥さんとが、元気でいることが最重要だ。けっして朝飯前の一番雪掻きなんぞ、してはいけない。

 児童公園には、人影も人声もない。花もない。かなり踏み荒らされた足跡がある。あぁ雪だぁ、とばかりに面白がって歩き回ったもようだ。早起きのかたもあるもんだ。
 と午過ぎに起き出して、窓を開けた私は思う。