一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

充満

ほろ酔い、巡回個展。

 イラストレータ武藤良子さんの巡回個展が、今は岐阜市で開催されているらしい。二月二十六日まで。

 古書往来座さんを介して武藤さんから、宮城の酒「一ノ蔵 大和伝」をいただいた。私に一杯ご馳走くださろうがためではなく、酒瓶のラベルの画とデザインを武藤さんが担当なさったので、記念に一本という趣旨だ。
 一ノ蔵といえばかつて、ほかより大きなラベルに「無鑑査」と墨痕鮮やかに書かれた一升瓶が、ひときわ眼を惹いたものだ。飲み盛りの年頃には、ありがたい想いがしきりと湧いた銘柄のひとつだった。

 宮城県の蔵元さんと武藤さんとのあいだに、どういういきさつがあったのかは知らない。以前のお仕事で、椿油のボトルラベルだかパッケージデザインだかは、見せていただいたことがある。椿油に椿の画で、素人にも察しがついた。しかし椿の酒は聴いたことがない。意表を突く日本酒ラベルも、あったものである。
 昨秋は東北地方のあちこちで巡回展が催された。東北地方と武藤さんとのご縁についても、まったく知らない。もともと室生犀星記念館とのタイアップなどで、金沢とご縁の深いかたとは伺っていた。同記念館ではたしか、武藤さんデザインの犀星関連グッズが販売されているはずである。
 そしてこのたびは、岐阜市へと枝を伸ばしたらしい。

 昨年七月、東京恵比寿での個展を拝見した。小ぢんまりしたギャラリー一杯に、とにかく椿ツバキつばき。これでもかとばかりに、椿で埋め尽された個展だった。一作いっさくは大画面ではない。大型サイズのスケッチブックといったところか。だが点数が多い。したがって個人経営のような小規模ギャラリーを濃密に満たす企画意図にはうってつけだ。
 巡回展の会場についてお訊ねしてみると、喫茶店や書店そのほかの壁面などちょいとした空間を工夫して、情熱と遊び心とを充満させてしまう企画のようだ。岐阜展においても、「徒然舎」という市内の古書店さんが会場となっているらしい。

 武藤さんの作風足跡は存じあげないが、近年の「百椿図」シリーズについては、「充満」がキーワードかと受取っている。
 線が混みあい密集し、ついには花なんだか葉なんだか判然としない線まで現れて、画面一杯に充満する。線に囲われた余白はいずれ花弁か葉なのだろうが、写生からはいよいよ自由にデフォルメされた形で、芋だと云われても蝶の翅だと云われても、こちらは説得されるしかない。いやいやこれらは、狐がどろんと変身の術を駆使するさいに頭上に載せる木の葉だと云われれば、いっそ腑に落ちる。
 画面がそこまでしかないから、しかたなくそこで充満しているのである。画面が継ぎ足されれば、線はまた貪欲に伸びてゆく。次なる、より大画面の充満に向って。

 なるほど伸長とはさようか。発展とは、膨張とは、さようなものであるか。そも生命というものが、そうしたものだったか。だったら画面は節度をもって区切られるべきか。いや夢多く継ぎ足されるべきなのか。
 とりあえず、一ノ蔵の栓を抜くことにするか。