一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

焼そばパン


 焼そばパン初心者といたしましては。 

 在日外国人さんや旅行来日外国人さんによる、日本印象動画がユーチュ-ブ上に溢れていて、ふと覗いて観ることがある。意表を突かれる着眼に興味を惹かれた場合も、あまりに月並な感想にがっかりした場合もある。
 感動的だった日本の食べもの、という質問に「そりゃなんたって、焼そばパン」との回答があって、驚愕したことがあった。
 焼そばパンに対して、私はそれまで偏見を抱いていた。食欲旺盛な若者や、肉体労働に従事するかたが、手っとり早くカロリーを補給するに適した総菜パンと、決めつけていた。むろん買ってみたことはなかった。ヘンケン、イケナ~イ、と気づいたものの、すぐには手を出す気になれずにいた。

 ここへ来てようやく、気持の整理がついたと申そうか、試してみる気になった。今日はその三個目、ファミマの焼そばパンである。商品名「濃い旨ソース! 焼きそばドッグ」、製造元は伊藤製パンさんだ。
 色濃いソース焼そばにタルタル風ソースが添えられ、上にひと摘みの紅ショウガが載っている。電子レンジでほんのわずか温めた。温め過ぎは禁物。パンがふにゃふにゃになってしまう。
 味のバランスは好い。ただし肉体労働のあいまに食べたいような、ガツンッといった手応えではない。昔懐かしい縁日屋台のソース焼そばという感じとも異なる。どちらかというと今風お洒落な、優しい甘辛という印象だ。ご婦人にも若者にも受容れられることだろう。逆に苛酷な肉体労働者諸君は、当てが外れるかもしれない。ともあれ美味くはある。

 だが……と私は考えこんでしまった。パンから外して、焼そばとして食べたら、この味はいかがなものか。圧倒的なソース味のなかで、瀕死の麺がからくも泳いでいる印象だ。それほどに、ソース味が立派なのだ。
 焼そばの濃過ぎる味を、タルタル風マヨネーズでまろやかに中和させたうえで、さらにパンで薄めて口に入れると、ちょうど好いアンサンブルとなる。狙いは見事に的中している。
 だったら最初から、ソースとマヨネーズとをパンに塗って食べてもよろしいわけなんだが……。それでは食感に不足がある。麺をも食べられるとのお得感が損なわれる。すなわち購買者の満足感が得られない、との判断なのだろう。商品心理学だ。
 まことにごもっとも。だけれども、かつて幼き貧しき時代、コッペの腹を裂いてバターという名のマーガリンを塗ってもらって大満足していた悪ガキとしては、またいちごジャムの甘さは手の届かぬ高級品で、りんごジャムが当りまえだった悪ガキとしては、麺とタルタル風抜きでも美味くできるソースを発明したのであれば、ソースだけ塗って、そのぶん安くしてもらったほうが助かる気もする。いや、商品に異を唱えているのではない。自分の貧乏性味覚を確認しているのだ。

 商品名に顕著だ。「濃い旨ソース!」のビックリマークは、製造者自慢の訴求点を示すのだろうが、貧乏性老人にとっては「そうそう、それだけでイイジャナイカ」と思えてしまうポイントでもある。
 むろん伊藤製パンさんもファミマさんも、私の感想なんぞを、どうか参考になさらぬように願いあげておくけれども。

 ファミマでは「たっぷりクリームデニッシュ(北海道産牛乳入りクリーム使用)」という商品名のクリームパンも、しばしば買う。製造元は山崎製パンさんで、ヴォリュームにもカスタードクリームの味にも、満足している。むろん価格との兼合いにおいてだが。
 しかしこれについても、私は考えこんでしまう。北海道産の牛乳である必要がどれほどあるのだろうか。東京多摩地区の酪農家から仕入れた牛乳で製造したほうが、コストカット可能ではないのだろうか。
 いやいや、専門家がお考えになったことだ。さような単純問題ではあるまい。多摩地区産の厳選牛乳よりも、むしろ北海道産のノンブランド牛乳のほうが、輸送コストを含めても仕入れ価が安いとも考えられる。年間通しての大量安定供給の問題もあろう。

 とはいえじつは、本当の問題はそこではなかろう。「北海道産」の文字の訴求力、いわば購買者の眼にいかに映るかといった、これも商品心理学の問題だろう。
 よく解る。二十歳代の最後から三十歳代の初めにかけて、後発通販会社のコピーライターだったころ、毎日さようなことばかり考えて暮していた。当時の私だったら、パッケージ袋のどこかに、ベタ白抜きで一行「北海道直送風味!」と入れていたかもしれない。そして公共広告機構から、改善要求の勧告を受けたりしたかもしれない。
 始末書の定連だった。公共広告機構が今ほどでない時代で助かった。