一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

完走

しんぶん赤旗・日曜版』2022.3.12.

 シリーズ第一回放送から三十年、「赤い霊柩車」が今回放送をもってファイナルとなるそうだ。主要メンバー一人も欠けることなく、全員そろってのゴールだという。

 亡父の後を継いだ葬儀社の娘社長が片平なぎささん。商売そっちのけで難事件に首を突っこみ、素人探偵として大活躍。先代から仕えてきた葬儀の生き字引である大番頭が大村崑さん。お嬢さん、事件なんぞより、仕事しとくんなはれ。それに茶々を入れつつ陰で支える事務員が山村紅葉さん。てんてこ舞いで落込む片平さんを、穏かに励ますのが婚約者の神田正輝さんだ。三十年間も、婚約者のままだった。
 台詞もメイクも「無理があるよねぇ」と嘆く片平さんを、神田さんは「ぼくたちは永久に齢をとらないサザエさんなんだよ」と励ましたという。

 おん齢九十一歳の大村崑さんは、ますますお元気。NG を出すことはほとんどないという。大村さんの健康管理の周到さは、昔から有名だ。また取組みの誠実さも有名で、舞台のお仕事では、立ち稽古に入るころにはすべて台詞が入っていて、台本をほとんど参照しなかったとは、共演経験のある園佳也子さんや楠トシエさんが、かつて証言しておいでだった。
 私にとっては「やりくりアパート」や「番頭はんと丁稚どん」の崑チャンである。子ども心に、生れて初めて眼にした喜劇役者だった。

 片平さんは「スター誕生!」合格を機に、十五歳で歌手デビュー。同期は岩崎宏美さん細川たかしさん。呆れるほど巧い歌手がただ。ということは一年上が、桜田淳子山口百恵森昌子の爆発的人気アイドル三人だったはずだ。こりゃ堪らない。
 単独勝負の歌手としては自信が持てずにいたものの、仲間との協同作業で創りこんでゆく芝居やテレビドラマとは、水が合ったという。座長公演もあった。「サスペンスの女王」との異名も取った。

 不動の主要メンバーも、なんぼ生身のサザエさん一家とはいっても、シリーズ当初の人物設定からそれぞれ三十歳を加えた。ここらで幕引き大団円という決断に至ったのだろう。
 裏方や事務方まで含めて、驚くほど多数の人びとが動く大型テレビドラマの世界だ。気持の好い瞬間ばかりだったはずはあるまい。だが「主要メンバーが一人として欠けることなく」と聞かされると、やはり「ご苦労さまでした」と声掛けしたくなる。
 トライアスロンの苛酷レースを、ご家族アスリートが手をつないでゴールに向う姿を眼にするような気がする。