一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

現象として

横光利一(1898 - 1947)

 問)次のABC 各語群中より、関係深い語を線で結びなさい。
 A 語群より「横光利一」―― B 語群より「新感覚派」―― C 語群より「機械」。
 正解!
 高校入試の国語基礎知識か。ところで、新感覚派の「新」って、どういう感覚?

 初期短篇にこんな噺がある。
 藪入りで一時帰省する丁稚小僧さんででもあろうか、特急列車の座席に少年が腰掛けている。手拭いで鉢巻きを締め、列車の揺れに合せて、流行歌だの民謡だの、ずいぶん大人びた唄を、次から次へと大声で歌い続けている。周りの大人たちは初めのうちこそ、妙な小僧だとチロチロ横目で眺めたが、やがて気にもかけなくなって、居眠りしたり弁当を開いたりした。
 ガタンッと列車が停まって、それきり動かなくなった。停車予定のない田舎の小駅だ。車掌が社内通路を触れて歩く。この先で崖崩れによる路線不通。復旧の目処は不明とのこと。駅職員もホームを右往左往しては、乗客からの苦情や問合せに対応するが、なにせ情報が入らず、要領を得ない。

 ホームや線路上に降りた乗客たちには、およそ三種の選択肢が残された。いつ復旧するかも判らぬ車内に残って気長に開通を待つか、当駅舎から出て当地で宿でも探すか、次に来る逆方向の列車で乗換駅まで戻って迂回路を採るかだ。逆行迂回路を選択する乗客に対しては、駅から臨時の代替証明切符が配布されるという。
 判断がつかず、乗客たちは静まり返った。ひとりふたりの乗客だけが進み出て、代替切符を所望した。それでもほかの乗客は決断できずに、互いの顔を窺い合うばかりだった。しばらくしてから、でっぷり太った紳士が進み出て代替切符を所望した。りゅうとした身なりにソフト帽、ベストのポケットからは懐中時計の金鎖が垂れていた。
 それを視た乗客たちは、次つぎ進み出て先を争うかのように、駅員に代替切符を所望し始めた。
 逆方向列車が到着。多くの客は迂回路を目指すべく乗車し、去っていった。

 停車していた特急がガタンッと音をたてた。車掌が早足に通路を触れて歩いた。思いのほか復旧が早く、列車は遅ればせながら発車するという。
 車内はがら空きだった。あいも変らず俗な流行歌や民謡を大声で歌い続ける少年一人を乗せて、特急列車は動き始めた。

 大正十三年に『文藝時代』に発表された『頭ならびに腹』という短篇である。無邪気無意識の勝利とでも申そうか、賢しらを立ててわずかな損をもするまいと抜け目なく先を争う我欲自意識を、皮肉に滑稽化した作品だ。この時期の横光利一作品に共通する主題のひとつである。
 ほとんど忘れ去られた横光の初期短篇のなかで、この『頭ならびに腹』はあんがい有名だ。冒頭書き起しのひと段落によってである。
 ―― 真昼である。特別急行列車は満員のまま全速力で馳けてゐた。沿線の小駅は石のやうに黙殺された。

 当時にあっては最新ハイテク技術の象徴のごとくであったろう「特別急行列車」の速度感や重量感や力感を、説明や描写によってではなく、形容の着眼によって、またそのために不可欠な語句の選択によって、読者の感覚へじかに伝えようと狙った、表現の冒険である。愛読者からは驚嘆の想いで読まれ、喝采を受けたようだ。
 が、文章というものは年月を経ると、冒険臭のあらわな部分から腐り始める。後年に至ると、わずかの果実と大量の瓦礫ガラクタとを残した新感覚派的文章実験の、これはガラクタ例の最たるものだとして、引用される場合も増えた。

 文学史家や書斎の先生がたはさようにおっしゃって、定説を疑う気配もお見せにならぬようだが、少々ピントを外しておいでだ。もう一行、引用なさるべきだった。
 三文章にて、冒頭第一段落を形成しているが、続く第二段落はかように始まる。
 ―― とにかく、かう云ふ現象の中で、その詰め込まれた列車の乗客中に~
 さよう、これは「現象」なのである。情景でも光景でもない。いや、情景でも光景でも、言動でも顔色でもあるのだけれども、作者は天候や天文や物理のような現象として眺め、描いているのだ。
 人間の正体に肉薄せよ、内面ありのままを再現せよと念じた、明治自然主義文学の謳い文句とはだいぶ異なる、芸術家意識による観察および表現だと宣言されている。

 これを姑息な小手先の面白半分と視る向きは多い。だったら西洋絵画はバルビゾン派かせいぜい初期印象派までであり、キュービズムもフォービズムも小手先の面白半分と云い捨てる度胸がおありだろうか。
 いかなる基準でなにに着眼するかといった、眼の用いかたの工夫という点で、なんら変らない。ただ色や線より、言葉を用いる分野のほうが、意味が介在するだけ噺の筋道が面倒だというまでのことである。

 横光利一ご本人が、いかなる人生観をおもちだったかということはひとまず措いて、小説内で展開する物語を「現象」として眺めてみた、という芸術意識による試みは、百年近く経った現在の文学にも無関係でないどころか、ちょいと興味深いヒントを残してくれている。