一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

ただ在る



 お若い友人から、なん年ぶりかの連絡を受けた。たまには会って話そうとのお誘いである。一も二もなく、大歓迎なのではあるが。

 かつて文章を上手に書く学生だった。大学から学生に授与される賞という賞は、総なめにした。作家志望だった。有望だと、周囲は思っていた。むろん、そうまでとんとん拍子でもあるまいと、私は思い、本人に向けても告げていた。
 とある大学で九年、別の大学で十一年、さらに別の大学では二十三年、のべ勘定すれば四十年以上も学生と付合ってきた身だ。学内天才や学内秀才にして、卒業すればただの人という若者を、嫌というほど視てきた。そして私の好みを申せば、ただの人であることこそが肝要で、いたずらに才能を振りかざすことは厳に自重するようにと、促してきた歳月だった。

 聴き分けの好い学生だった。就職活動も考え、父祖の業を継ぐための補佐修業も考えて、いったんは社会人として自分に処あらしめる途を真剣に模索した。学生時分のように、原稿を書いてばかりもいられなくなった。その料簡や良し。焦ってはならない。有望である。
 原稿の読み手なり、感想の述べ役が不要となれば、私なんぞに用はない。音信が途絶えるのは自然だった。それが久びさに会いたいという。用件は決っている。
 ゆっくり食事でもというのは、やや堅苦しい。夕暮れから一献というのも、先方は飲酒習慣のない女性だから、不適当だ。結局は昼食後の暑いさなかに待合せして、陽気が好ければ散歩、暑過ぎたらカフェに避難という目論見にした。

 三十分ほど早めに到着して、駅前ロータリー中州の喫煙区域で一服した。区域の隅に、拾得品らしい雨傘がまとめて立てかけられてある。非常用持出しフリーという意味だろう。数日前に大学構内でも、同趣旨のスポットを眼にしたばかりだ。なるほど、現代はそういうカルチャーになったのか。
 それにしてもこの雨傘たちは、炎天下で所在なげに立てかけられてはあるが、ひとたび予想外の夕立でも来れば、どちらのどなたかの大切な荷物か衣服かを危難から救うに、計り知れぬ役に立つのだろう。引換え今の私は、道を求めて転職してみたり方針を変えてみたりのさなかにある若者の、なんのお役に立てるものだろうか。

 
 数日前に野暮用で大学を訪れたさいには、時間切れで見学できなかった施設があった。彼女との雑談しつつの散歩は、私にも好都合だったのである。が、私の無知というか事前の用意不足で、目論見は台無しとなった。
 演劇博物館、会津八一記念館、村上春樹ライブラリーなど、無料で入場見学できる大学運営施設はすべからく休館日だった。週のまん中の平日にである。しかたなく、彼女にとっては母校ではない大学の、せいぜい興味が湧きそうな場所を縫って歩いた。
 私にとってはいつ今生の観納めとなっても不思議ではない。が彼女にとっては、今後も文学に携わってゆくかぎり、学会・講演会・座談会などの催物会場として、いく度も訪れることになるだろう。おおまかな東西南北や、食堂・売店のあり処などを承知しておくことも、無益ではあるまい。

 大隈庭園に足を踏み入れる。教室棟から眼と鼻にかような庭が無料で開放されてあることの幸せを、この大学の学生だけが知らない。昼食時過ぎの、いわば散策書入れ時だというのに、庭園内は閑散としている。
 庭園中央に立って、大隈会館を眺める。今は会議室や宴会場や、資料室や同窓会関連事務所が集合した高層ビルだ。私が記憶する平屋の大隈会館ではない。
 眼を移すと、隣接する巨大ホテルだ。ホテル利用客が自由に大隈庭園を散歩できる代りに、庭園管理費をホテルが援助してくれるというバーターが成立したと、ホテル開業時分の同窓会報の記事にあったが、今もそうなのだろうか。詳しくは知らない。

 スーベニアショップとでも称ぶのだろうか、大学ブランドの洋品や小間物を揃える売店を兼ねた、オープンテラス付きのカフェに席を占め、ようやく本格的に齢若き友人から、この数年の逡巡および悪戦苦闘の模様を聴いた。予測したとおり、私にとっては眩しいような、青春そのもの、人生まっ盛りの噺である。もちろん私ごときに有益な参考意見なんぞ、述べられるはずがない。かろうじて、似たような噺でこんなことがあったと、ふだんはすっかり忘れていた昔の体験を、思い出して聴かせる程度のことだ。

 ここでもまた年寄りは、ただ在ることしかできない。みずから進んで人さまのお役に立とうなどと出しゃばると、たいてい失敗する。もしくはどなたかにご迷惑をおかけする。我こそは経験豊富にして国民に有益な人物なりと、誇った顔つきの年寄りをよくよく眺めてみると、まずたいていは根本的勘違いか、滑稽な独りよがりである。
 ただこうして在ることを、若者が無残と視るか滑稽と受取るか、それとも部分的に掬すべきところありとして採ってゆくかは、すべからく若者のご自由である。その代り、私は私の妄想・妄言を勝手にやらせてもらう。


 またの日を約して、若き友人と別れる。目論見どおり、夕食時には帰宅してもらえそうな時刻だ。駅周辺の変りようを眺めて歩こうかとの気が起きたが、やめにした。帰宅ラッシュ時にかかってしまいそうだからだ。早く池袋まで戻っておくにかぎる。
 池袋にも駅前ロータリーの中州に喫煙所が設置されてある。もはや馴染みの場所だ。
 池袋からの私鉄だけなら、帰宅ラッシュもさほど怖くない。駅周辺の変りようを確かめて歩く。区役所はとんでもない高層ビルとなった。
 ストリップのミカド劇場は健在だった。ウィンドウに飾られた「只今出演中」「近日出演予定」の踊子さんたちの写真を観ると、異様に若いお嬢チャンばかりに見える。とてもじゃないが、入場する気になれない。せめてあなたたちのお母さんだったらねと、話しかけてみたくもなる。
 劇場正面の道を挟んだビルのへっこみでは、しゃがみこんだ青年が煙草を吹かしている。だれを待っているのだろうか。昼幕と夜幕の替り目だもの、これも青春である。身に覚えがないわけじゃない。

 そろそろ重くなってきた足を引きずって、駅前まで戻ってきた。東のかた、目白台方向の空を視上げると、まだ明るさの去らぬ空に月が、ただ在った。