一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

まず手始めは

 

 肥えた舌で味わうわけじゃなし。まず手始めとしては、こんなもんか。

 商品として見事に按配されたレトルトカレーを、疑いもなく食してきた。が、胸に手を当てて考えてみれば、カレーとしてよく練られた味を求めているわけでもない。そう気づいたのが一昨日のことだ。私には、カレー風味の野菜スープで十分なのだ。さっそくやってみる。
 あり合せの野菜となれば、じゃが芋と人参と玉ねぎだ。適量なんぞ見当もつかぬが、メークイン一個と、人参を四センチと、玉ねぎ四分の一個にしてみた。それにひと皿ぶんのカレールウだ。野菜を微塵に切る。時間がかかる。料理時間の多くは食材カットと下拵えであって、煮炊きなんぞは短いもんだとの初心者覚悟を思い出す。
 そのまま湯に投じたってよろしかろうが、中華鍋で炒めてみる。油どおしの考えかただ。ところで炒め時間と加減は? 下茹での場合は、じゃが芋が九分、人参が十分、玉ねぎは献立によって加減いろいろ。ちなみにゴボウなら十一分だ。油どおしだって似た順序だろう、きっと。まず人参を投じて、鍋をなん回か振ってから、じゃが芋と玉ねぎを投じた。油が回って表面全体が熱に覆われたところで、油切りに取って冷ます。
 その間に湯鍋に三百ミリリットルを沸かす。気化して少なくなり過ぎたら、足せばいい。ルウを薄め使いするつもりだから、味が貧相にならぬよう、出汁の素を投入する。変かな、という気が一瞬したが、なんの、カレーうどんの例もあるではないか。

 湯が湧いたら、油切りに冷ましておいた野菜類を投じて、一回目の煮込みだ。案のじょう途中で水加減が少なくなり過ぎた。足す。十分ほど煮たところで、ひと皿ぶんのルウを包丁でさらに四分五分にして投入する。まな板のうえで粉になってしまったものまで、丁寧にすくって入れる。そしてまた十分。根菜のでん粉が糖質に変るには熱湯中で十五分と聴いたから、どうしてもこれくらいの時間は必要だ。水分がなくなってきたので、また差す。
 もっともらしいトロみが出てきてしまった。やはりルウではいけなくて、カレー粉かカレー風味の調味料を用いるべきだったのだろうか。カレー味のスープと念頭には置いてあったのに、煮込んでいるうちに、まるでカレーのような見てくれになってしまった。三度目の水のばしをしてみる。
 これならよかろうと思えたところで、火を止めた。


 どんなもんだい、というわけにはゆかなかった。これでは肉も魚介も、歯応えだけは肉の代用となる竹輪すら入っていない、でき損ないの野菜カレーである。粘度こそ、いくぶん緩めではあるけれども。頭に想い描いていたものとは異なった。
 食してみたら、私にはこれで十分な味だった。だがくどいようだが、これではカレースープとは云えない。結果オーライでも、試作としては失敗である。
 ま、当てずっぽうの手始めとしては、こんなもんだろうか。闘志が湧いてきた。