
やれやれ、どうにかこうにかまた一年、という感じ。
毎年この時期は、頭が曇る。人びとも出来事も、磨硝子の向うでうごめいているように感じる。四十二歳にして患った脳梗塞の後遺症だ。歳月をかけてほとんどの後遺症は消えたが、これだけが残った。三十年以上も経つのに、気温湿度の急変に見舞われるこの時期と、十月下旬から十一月初頭にかけて、年に二回は脳の対応力不足に襲われる。
加えて六月は私にとって、年間最大の出費月である。
昨夜はコンビニで、月づきの公共料金と併せて、固定資産税を振込んだ。わが暮しにあっては年間最高額の「支払い」である。
親から相続した敷地の固定資産税なんぞと、けっこうなご身分ではないかと誤解されよう。が、実情はさにあらず。山間僻地の農村に暮すか、地方都市の片隅に部屋住まいするならいざ知らず、都内に部屋借りでもしようものなら、今の固定資産税以上の家賃となる。つまり貧しいから移れないのだ。
知ってか知らずか、不動産会社からは電話がかってくるは印刷物が届くは、ひっきりなしだ。売れ、手放せ、とは云ってくる。そのあとどこでどう暮したらいいとは、だれも云わない。知ったこっちゃないのだろう。

一夜明けて、ようやく晴れたから池袋まで出て、百貨店の季節ギフト取扱い特設会場から、中元の手配を済ませた。社会生活はほとんどないから、日ごろ無沙汰がちの親戚が中心だ。カタログが完備されてあるから、ネット注文が手早いのかもしれないが、気持にキマリをつけるために、出向くことにしている。取引量は年々減少傾向だ。
せっかく池袋へ出たのだから、タカセで珈琲でもと、つねであればなるところだが、今日に限ってはさようなわけにはゆかない。同じ百貨店の地下へと下り、夏菓子を観つくろう。ご本尊への供物である。
わが町へ戻り、まず花長さんで、例月よりランク上の花を誂える。金剛院さまの施餓鬼会が近づいた。父母に宛てる塔婆を依頼して、布施をお納めしなければならない。庫裏へ伺って、あれこれお願いし、ご本尊へのお供えをお渡しする。
あとはつねの順序で墓詣りだ。弘法像の行先は、アヤメに植替えられていた。
またの一年も、この町に住むのだなという気分になった。