
雲はいくぶん厚いが、気温湿度ともに高い。ジリジリと肌を刺す直射日光はないが、すこぶる蒸暑い。
施餓鬼会でお下げいただいた塔婆のお礼に、金剛院さまへ伺う。混雑を避けて、一日遅らせたのだ。境内には人影がない。昨日と今日とでは、雲泥の差だ。参詣者どころか、樹木や花ばなの手入れをなさる職人がたも、今日は休みと見える。施餓鬼会とは、仏たちへの通信だと教わった。先に還ってしまった人たちへの、ご機嫌伺いだ。ラッシュアワーを避けての一日遅れだが、ゆっくり面会できて、かえってよろしいようなものだ。
庫裏へ伺うと、ご住職の奥さま(若大黒さん)が出て見えた。いかにも働き者といった感じの明朗な奥さまだ。
「お宅さまでは、お盆は旧でなさるのでしたね」
今月の法会行事として盂蘭盆会が近づいているのだが、拙宅はわがまま勝手に旧盆で押し通してきた。例年のことで、その旨を書面でもお届けしておいたのが、お眼にとまったのだろう。
「はい、勝手申しますが、戦後にこの町へ参りました、田舎者でございますので」
「お郷はどちらでいらっしゃいますか」
「新潟の柏崎、原発のある処ですわ。父方の菩提寺ご住職が、金剛院さまの先々代ご住職さまと、お若き日に総本山でのご修行中に、先輩後輩の親しい間柄だったという偶然に恵まれました。もう田舎へ戻ることはあるまいと判断した父が、先々代さまにご相談申しあげたところ、なんだそれならということで、両ご住職さまがたの間でとんとん拍子に噺が進みまして、こちらのご墓所を使わせていただけることとなりました。
田舎の墓所から茶碗一杯の土を持ち来たりまして、先祖累代の霊位として墓開きいたしましたのが、平成元年でございます。以後十九年間、無仏の墓をお守りさせていただきましたが、おかげさまで平成十九年に母が、二十一年に父が入ります時には、なんの面倒もなく、すんなり納めさせていただくことができました。たいそうありたがたいことと思っております」
「それはご縁でしたね。ちっとも存じませんで」
「とんでもございません。こんなこと、じつに久しぶりに口にいたしました」

ひと月前に塔婆のお願いに参上したときとは、陽射しも違うが、咲いている花ばながすっかり真夏の景色となっている。大師さま銅像の行く手は、あやめの原だったが、今は桔梗となっている。あやめの群青も桔梗の紫も、ともに母が好きだった色だ。
梅光院正繕妙久大姉、還ってからの母の名である。
仁光院研真照康居士、同じく父の名である。
大姉だの居士だのは、性差別なのだろうか。解せない。現代の論客がたから教わってみたいものだ。

とにかく暑い。精進落しのロッテリアも、定番化しつつある。アイス珈琲に加えて、「絶品チーズバーガー」のぜいたくをする。時あたかも正午だった。
「セットがお得です」
女店員さんが、さっさとフライドポテトを付けてくださった。否も応もなく、いただくこととなった。
摘んでみると、途方もなく長いフライドポテトが出てくる。どんだけデカいじゃが芋を使ってるんだ。味はとなると、美味いのだが、私が揚げるソフトチップスには及ばない気がする。つまり素人みたいに作っていたのでは、利益なんぞ出ないということなんだろう。
汗も止まったようなので立ちあがると、返却ボックスの上には先客のトレーやらカップやらが置きっぱなしにされてあった。これだけ巨きな投棄口と、平仮名・片仮名による明記があって、それでも分別投棄せぬ客人は、セルフサービス店をご利用なさらぬほうがよろしいのではあるまいか。
現代人は賢い、時代とともに人間は賢くなってきた、という俗説は迷妄にちがいない。
郵便局で、江古田文学の年会費を振込む。銀行 ATM で生活費を補充する。ビッグエーで牛乳を、セブンイレブンで煙草を買う。
じつに些細な用足しばかりではあるが、それでも複数の用を足したとカウントすることにして、外出の意味があったと自分を納得させる。さて、帰って冷水シャワーだ。