
「だいぶ楽になったわねぇ」
「ところが今度ぁ、朝晩寒くって、しょうがねえ。贅沢なもんです、人間ってもんは。さぁて、こんだけいただいとけば、しばらく生き延びられるかなぁ」
「野菜は応用が利くからねぇ」
「そう。なんとかなるってもんです」
川口青果店の店頭にて。おかみさんとの遣り取り。〆て八百五十円なり。

玄関扉を開くと、雨ざらしに出しっぱなしてある丸椅子に、回覧板が載っていた。町内の班長さんと私とのあいだで、暗黙の約束事となっている所定の置き場所である。次にベーカリーへとお回しするのだが、今日明日は連休なさっている。二日間ほど、拙宅にて足踏みすることになる。
すぐさま眼を通して、判子を捺す。さいわいに緊急回覧ではないようだ。赤い羽根共同募金について、前期実績のご報告と、本年もよろしくとのご依頼だった。
回覧板に応じて協力申しあげたことはない。背広を着て出歩いた時分には、駅頭で黄色い声を張りあげる少年の列から、赤い羽根を胸襟に着けてもらったりしたものだった。学生時分にも、セーターの胸に着けてもらった記憶がある。子ども時分には、ボーイスカウト活動をする同級生が駅頭に立っているのを視た記憶もある。いつ頃からあった運動だろうか。
往来へ出てみたら、花梨の実が二個、また落ちていた。この秋の五個目と六個目だ。完熟前の落果で、虫喰いなどの傷みがある実ばかりだ。食用にはならない。すでに初めの三個は、固い皮にのこぎりで疵をつけてから、穴を掘って地中に埋めた。この三個も、近ぢか埋め場所を考える。しばしの待機期間である。
パソコンデスクに戻ると、電気スタンドの脚もとでは、古新聞とデジタルタイマーのあたりを偵察しつつあったアダンソンハエトリと眼が合ってしまった。入替り立代りやって来る奴だが、同じ個体かどうかは判らない。日ごろから友好的な間柄を続けてきた蜘蛛である。
猛暑のさなかには、物陰に暮していたのだろう。枯草山を合体させたり移動させたりの作業をすると、山の下からダンゴムシやハサミムシに混じって、まだ若そうな小なりのアダンソンハエトリが跳び出したものだった。昨今の陽気となって、人間の生活圏での活発な活動期間に入ったものと見える。
学生諸君の創作作品を読ませてもらうことを仕事にしていた時分のことだ。書きだしの場面設定で「ありふれた駅前」だの「どこにでもある商店街」だの、「特色のない住宅街」だの「月並な歓楽街」だのと書いてきた学生を、こっぴどく叱ったもんだった。「どこにでもある」場所なんて、世界のどこにもないと。君の眼が、その場所を視ていないだけだと。
年を経て思い返してみると、私がおこがましくも若者に教えることができたのは、その一点だけだった気もする。
児童公園から聞えてきていた、砂場やすべり台で遊ぶ幼児たちの黄色い声がやんだ。
「かなめ君は、ほら、しのちゃんのうしろだよォ。お友達とお手つなぎだよォ」
引率先生の声が繰返されるところを見ると、なかなか云うことを聴かぬ豪傑がいるらしい。それでも先生はなんとか、イチニイサンと全員の帽子に触って点呼完了。二列縦隊にて、園へと帰ってゆく。十人の園児に二人の先生だ。
今は元気な児童たちも、園へ戻れば程好い遊びの疲れがドッと出て、「お昼寝の時間」へと入ってゆくのだろう。
俺も行列してるんだなと思う。
「とりたててなにもない一日」なんてものはない。今夜は野菜ふんだんにつき、作り置き惣菜をあれこれ仕込む夜だ。『NHK ラジオ深夜便』の出番だ。